SnowDance
夢を見ている
毎日見る夢
終わりのない夢
「……ずっと、まってるから」
駅前のベンチは、わたしが座っているところ以外はものすごく冷えて、雪が積もっていた。
シャーベット状の雪に、また新しい雪が積もる。
薄くて白いまくがふみあらされて、また、ぐしゃぐしゃのシャーベットになる。
「待ってるから!」
約束の時間。
あかるい青空から、やわらかい日差しがさして、暖かかった。
真っ白な雪が目にまぶしい。
青空と白い雪の風景は、だいすきだったから。
待ってるのは、つらくなかった。
「……祐一君」
手袋をしていても、氷みたいなゆびさき。
水がしみてきてるみたいに冷たい足のさき。
声には出さずに、もう一度つぶやいた。
日が落ちる頃には、雪が降り出した。
駅前広場の時計は、まだ、五時。
駅から出てくるひとたちの半分くらいは、空を見上げて立ち止まっていた。
きゅっと噛んだ唇は、水の味がした。
日が落ちたくらいから、怪訝そうに、大人のひとたちが私を見ていくようになった。
びっしりと雪がくっついたコート。フードがついていたけど、ふりはじめたときにかぶらなかったから、いまさらかぶったって、役に立ちそうにない。
「名雪ちゃん?」
近所のおばさんが、眉を寄せてのぞきこんでいた。
「どうしたの? 風邪引くよ」
どう言えばいいか、わからなくて。ただ、わたしは首を横にふった。
「――名雪ちゃん――?」
ぎゅっと、身体を縮めて、首を横にふる。
待ってるから。
ずっと、待ってるから。
学校が休みになると遊びにくるいとこの男の子。
いつも意地悪な男の子。
休みのあいだは、ずーっといっしょに遊ぶのがきまりだった。
意地悪で、なんでもできる男の子だった。
わがままだけど、うれしいこともいっぱいしてくれた。
いっしょに、たくさん、たくさん、雪だるまを作って、冷凍庫までいっぱいにしたり。
プールでいきつぎのしかたを教えてくれたり。
両手をはなして自転車に乗ってみせてくれたり。
ねこさんの絵を描いたり。私がかいたねこさんに、まゆげをらくがきしたり。
でも、こんどの休みはヘンだった。
わたしが遊ぼうって声をかけるより先に、おうちからいなくなってたり。
どうしてもって、ぬいぐるみをとったり。でも、そんなにしてまでとったぬいぐるみは、ぜんぜん、その後見なかった。
ふっと、街灯の明かりが遮られた。
「……」
おかあさん……。
「――名雪――」
わたしは、首を横にふる。
だって、祐一くんに言ったから。
ずっと、待ってるって。
約束を破ると、針千本のまされるんだって、祐一君が教えてくれたから。
駅前のベンチに、男の子は座ってた。
ずーっと噛んでる唇は、もう、白っぽくなってるくらいだった。
時々、微かに身体が震える。
なんにも見ていないみたいだった。
すぐそばにいるわたしのことも。
いつもなら大好きな、コンビニエンスストアの温かいにくまんも。近くのタイヤキやさんも。
強く唇をかんで、男の子は座っていた。
おかあさんは、わたしのよこに座った。
コートのボケットから、使い捨てカイロを取り出して、わたしに渡す。わたしがうけとると、少し、笑った。
二人の上に広げたかさ。ときどき、つもった雪を後ろに落とす。
おかあさんは、何も言わなかった。
私も、何も言わない。
砕け散る雪うさぎ。
かけだす男の子の後姿。
二十分くらいがすぎた。
また、特急がついたのか、たくさんの人が駅から出てきた。
タクシー乗り場に列が出来ている。
「名雪。――行きましょう」
首を横に振る。
頬が、熱かった。
薄く氷がはってるみたいな顔。それをとかす、涙。
「名雪」
おかあさんが、祐一くんが乗る特急の時間をしらないはずがない。
「……っ……」
多分、それは、もっと早い時間だったんだと思う。
「ゆ……ち……」
「帰りましょう、名雪」
雪がふっていた。
真っ暗になった空から。
大きな雪の結晶が、たくさん、おちてきていた。
ずっと、ずっと。
とてもたくさん。
おかあさんは、泣きじゃくるわたしを立たせて抱きしめた。
目の前で、かえるさんが笑ってる。
夢を見ていた。
真っ白な夢。
遠い、夢。
いつもにこにこのけろぴーを撫でてから、わたしは起き上がった。
おかあさんが呼ぶ声に応えて、階下に降りる。おかあさんは、おどろいて、にっこり笑った。
そろそろ時間じゃないのっていわれて、うちを出る。
いとこが駅につくまで、あと三十分ほどだった。まっすぐにいけば、たぶん五分くらい前に待ち合わせ場所につくと思う。
ふっているとも、いないともいえないような雪。
まるで、木の上につもった雪が、風で落とされているような。
白い息を吐いて、わたしは空を見上げた。
見なれた曇り空。
大きな雪の結晶。
特急が駅につく。
もうすぐ。もうすぐ、つく。
雪が、少しずつ強くなりはじめた。
わたしは、暖かなお店の中から、待ち合わせの場所の方を見ていた。
「わ……びっくり。まだ、二時くらいだと思ってたよ」
雪
雪が降っていた
毎日
毎日
のばしたてのひらも
よびかけたこえも
おおいかくすように
「わたしの名前、まだ覚えてる?」
わたしは、おぼえてるよ。
そうやって、わたしはまっしろになった男の子を迎えた。