銃葬のてのひら
天国か地獄なら、どちらがいいか。
訊ねたところで答えなどとうに知れている。きっと誰だって安らかな方を選ぶだろう。実際に天国と地獄があるにしろ、ないにしろ。
「できるなら地獄に落ちたいって言った人がいたんだ」
ぽつりとフェリシアーノがそう言った。昨日まで降っていた雨の名残のように、雫が落ちるように、呟く。
今日の未明になって突然止んだ雨だが、未だに湿った空気は拭い去れずに、その場所で澱むように沈み続ける。まるで亡き者を呼ぶように。その様を皮肉るように、晴れた空は抜けるように青い。いっそそれは、冷たいほど。
それらを見ながら、気持ち悪いよね、とへらっと笑い振り返ったフェリシアーノが、かちゃ、と無機質な音を手のひらの中でたてた。黒いスーツが薄暗い路地にぼんやり馴染む。アーサーも同じような服を着ているが、フェリシアーノほど綺麗ではない。返り血が付着してしまった部分が、少しだけ赤黒く染まっているのが分かった。
そんなことを気にしているアーサーを余所に、フェリシアーノは金属製の音を微かに立てながら、小さな銃弾を手のひらに落としてゆく。それが、アーサーにはなぜか生き物のように見えた。何故かは分からない。銃弾が熱を持つのは引き金を引いた時。あとは他の生き物の熱を奪うためにある。生かすためではない、殺すためのものだ。それだけの代物であって、生き物ではないことは十分に理解している。
しかし、だけど。
かち、かち、と新しい弾を埋め込んでいくフェリシアーノの手を眺めながら、先ほどの「気持ち悪い」が何に対しての気持ち悪いだったのかをアーサーは考えた。が、フェリシアーノの考えてる事はアーサーには理解し難いこと尽くめなので出来るなら考えたくはない。もともと性格や価値観が正反対なのだ。考えるだけ無駄だったし、いつも最終的に疲れるのはアーサーであったから余計に嫌だった。
それでも突き抜けるように晴れた青を見上げれば、アーサーは、確かに、と溜息のような声を出しながら瞬きをひとつ落とした。
「気持ち悪いな」
「でしょ。晴れたのは気持ちいいけど、俺はね、吐き気がする」
綺麗すぎて。
慈しむように、だけど拒絶するように吐かれた言葉が、音もなく薄暗い通路に落下する。死んだような音の響きだった。
しかしそれは乾いた風に吹かれ、澱んで沈んでいたはずのアスファルトの元の色を取り戻して、すべてを攫う。その風に乗って鳥が渡り、花の種を運び地に根を張る。まるで、それこそ生き物のようだ。自分のためだけに引き金を引くような傲慢さは、そこには微塵もない。共にあれるように、ただ存在する。それはなんて綺麗で美しくて理想的で、かなしいのか。
「だからさ、キクの言ったこと、俺も分かる気がするんだー」
命のない冷たい拳銃を握り締めてフェリシアーノは花が綻ぶように笑う。矛盾。
優しいが故のものなのか。人を想える心を持ってるくせに、それは矛盾を孕んで歪む。
アーサーは軽く瞼を閉じ、フェリシアーノが語る”キク”の柔らかく微笑む顔を思い浮かべて、似合わねえ、と小さく呟く。そして、casaに帰ったらなに食べようか、キクが何か作ってくれてるといいな、と一人で喋るフェリシアーノに、相変わらずおまえにも似合わねぇ、とアーサーは手のひらの拳銃を引っ手繰って、冷たい青の空の下、乾き逝くアスファルトから、世界の唯一である美しい空へと引き金を引いた。
銃 葬 の て の ひ ら
*casa = home