駅前の魚民は半地下
本当はいくら飲んでも酔わない体質だけど、でもってそれってきっとママからの遺伝だけど、だけどもお酒は好きだしどうしてかって酔った振りをすれば優しくしてもらえるし、それをずるいことだなんて言う女もいるけど私はちっともそんなこと思わない。楽しいことが好きだもの。きれいな服もかわいい靴もなんだってなんだって(それしか思いつかないから)大好きだもの。だからお酒の味なんてどうでもいいのよ、ど言ったら弥子はこの世の終わりみたいに頭を抱えて点を振り仰いだもんだから馬鹿じゃないかしらまったく、背骨折れるわよ。
「ジーザス!叶絵目を覚まして!!」
「ジーザスじゃないわよ、ジーザスじゃ。あんた何を目指してるの」
頭を掴んで引き戻してやると、ぐるんと眼球が私をまっすぐ射抜いてくるから腹立たしいったらありゃしないわ。私よりもあんたの方が目は大きいのを私は知ってる。私のがぱっと見大きく見えるのは、マスカラとアイラインの努力の賜物だったりするわけなのよ。あんた知らないでしょうそういうこと。っていうか考えたことないでしょう。あんたのその脳味噌の中に何が詰まってるって、あれじゃないの、よく脳味噌豆腐で出来てるとか言うけど、あんたのそれは米と小麦粉と野菜と肉で出来てるんじゃないのと思う私を誰が責めると言うのよかかってらっしゃいな畜生め。
「よっく考えて叶絵。この世の中で口に入れることが出来るものなんか、人生百歳まで生きられるとしたって、」
「え、あんた百歳まで生きる気なの。図々しい女ねー」
「として、よ。仮定ね、仮定。で、百歳まで生きるとしたって、その間に食べられるものなんかほんとにちょっとしかないんだからね?それをどうでもいいなんて、そんなのあれよ、例えて言うなら、ええと、うん、何かうまく例えられないかな?」
「知らないわよ」
呆れたように返すけれども、弥子はまるで聞いていない様子で腕組みしてぶつぶつ言っていて、その手の中に握られてるのはさっき買ったままのケーキの箱でもしかしたらあの中には本当はケーキなんか入っていないのかもしれない。じゃあ何が入ってるのかなんて私に聞かないでよ。私がわかることなんかほんの少ししかないけど、だってそれで幸せなんだからそれでいいじゃないと思って生きてきて、だから私はきっと弥子よりも多くの服、靴、カバン、男の子、褒め言葉、綺麗なもの可愛いものを知っているのにでもわかることは少ないなんてちょっと涙が出るかもしれない。ああ、リムーバーないんだ買ってかえらなきゃ。
「食べないの」
「え?何?何か持ってるの?食べる食べる」
「あんたはハイエナか。じゃなくて、それ。ケーキ。食べないの?」
「あ、これ?」
少し箱を持ち上げた弥子はほんっと涎でも垂らしそうな顔で自分の手の中を見てる。ほとんど完璧に近いその目の淵は優しさと獰猛な欲望で切り立っていて、ああ、あの目の淵には何色のアイラインが似合うだろう。
「これお見舞い用なの。知り合いが入院してるからちょっと今から行こうと思って」
「どうせあんたが食べるんでしょ」
「え、食べないよー」
「そんなまっすぐな目で大ぼら吹かないでよ」
目に浮かぶようなその光景の中に私はいない。弥子が誰にケーキを差し出してそれを物欲しそうな目で見てきっとそのベッドの横たわる誰かは弥子に食べていいよと言うだろう。そこに私はいつもいない。私が入院したら弥子は来るだろうか。入院したら死んだらいなくなったらと思うけれどもやっぱりその中に私はいない気もする。私が死んだら葬式に来て出された物を、寿司とか何とかそういう物を食い散らかして帰って欲しい。そんでもってきっと弥子は泣かない。そんな気がする。別にそれでよかったんだ。だって私には明日の合コンが待っているし、何を着ようか今から迷う楽しみで仕方ない。弥子を誘おうかと思ったけど止めたのは、たぶん明日はまずい料理おいしくない酒、生きることを謳歌して百歳までにあんたには食いすぎで死んでほしいのでのでのでので、
「駅前の魚民は半地下」