kill a moment
(この想いはどこまでいける?)
上質な革と清潔なシーツの匂い、宝石にみたいに輝く繁華街の明かり。
重たくドレープをつくるカーテンを引きながら、はるか下に見える俗世に蓋をする。
「閉めてよかったのか」
「うん。綺麗だけど見る余裕もないと思うしね」
品のいい色に照らされた及川の顔に陰影がくっきりと浮かび上がる。とたんに色気を帯びていくその姿は学生だった時と変わりない。あの頃に比べたら、お互い随分と色々なモノを失ってしまったけれど。
都内、高級ホテル最上階。誰もがとれるわけじゃない特別な一室に男が二人。流れない空気の重厚さが首を締めるようだ。何度逢瀬を重ねても事の始める前この一瞬には慣れない。
「雰囲気とか気にしなくていいからね、ウシワカちゃん。」
言い含めるようにして釘を刺す。まるで運命のように同じ道を辿って目の前に立ちはだかっておきながら、この男は妙に自分に優しい。数えきれないくらい敗北し、その度に勝利を誓い、そしてまた負けて来た。悔しさに涙を流し、時には身を滅ぼしかけた激情に任せて罵詈雑言を吐いてもびくともしない。何故か哀れむような、慈しむような顔をしながら抱きしめてくる。そのくせ力は強くて、痛いと訴えても決して離しはしない。抵抗する気力が失せ涙が枯れるまで両腕で及川を絡める。
そういうところまで嫌いなんだよ。どうしてわからないかな。
「気にした覚えもないが。」
しれっと言い放たれた一言に嫌悪感も隠さない。グラスについであった赤ワインを一気に呷る。こうでもしないとこの感情に溺れてしまいそうだった。
自信も経験も努力も、してきた事全てをぶち壊してくる恐怖の塊みたいなヤツに抱かれる。逃げられない抱擁と落とされる麻薬のようなキス。脳まで堕ちるようなそれを他人にしたことはあれど、自分がされることなんてなかった。覆い隠してあった絶対に見せたくないあれそれがあっという間に剥き出しにされていくセックスなんて。
この空間に二人以外だれもいない。
ひたすら許容範囲の境界線を探り続ける。指先で、足先で。どこまで受け入れられる? どこまで拒絶できる?
甘い笑顔もとびきりの話術も意味のなさないこの関係で、一体。
牛島の手がするりと服の束縛を解いていく。重力に負けて落ちていくそれらに、無意識に自分を重ねた。
大嫌いだと心が叫んでいるのに、敷いた線引きさえも飛び越えてくるこの男はきっと自分を離すつもりがないのだろう。
ずるずると何処までも。
作品名:kill a moment 作家名:廣瀬シウ