デート
いつもの水曜日。いつもの帰り道。
川澄は学校から走ってきた分、軽く汗をかくぐらいに体が温まっているが、横を歩くすいれんは寒そうに体を縮めている。
『寒い…?』
『うん…ちょっと…だけ…』
川澄はポケットから去年すいれんからもらった手袋を取り出すと、すいれんの手に渡した。
『俺…暑いぐらいだから…使って』
『ありがとう』
2人は顔を見合わせ、手を繋いで帰り道を歩いた。
『あの…さ、今週の土曜日…予定ある?』
しばらく無言の時間が続いたが、緊張の面持ちで川澄が切り出すと、予定も確かめもせずにすいれんが首を横に振る。
『どこか、遊びに行こうか…』
『うん…嬉しい…』
すいれんが、微笑みながらそう言うと、照れたように川澄も微笑み返す。
(川澄くんが…デートに誘ってくれた…嬉しい…嬉しい…どうしよう)
『じゃあ、部活終わったら電話する』
(土曜日…どうしよう…何着ていこう…)
約束をした日の夜、自室で1人洋服を何枚も出しては終い、出しては終いを繰り返していた。
すいれんは可愛い洋服やアクセサリーなどはもちろん好きだが、諸々の事情から買っても着る機会がないため、いつもおとなしめの洋服を選ぶことが多い。
(可愛い格好で…行きたいな…)
すいれんに自身の可愛さの自覚はないが、今までは《可愛くなりたい》と思ったこともなく、あまり騒がれずに毎日過ごせたら、それでよかったのだ。
しかし、恋をして初めて、髪の毛が少し跳ねてるのが気になったり、テスト前に睡眠不足で目が赤くなってしまったことを、気がつかれませんようにと、少しでも可愛いと思ってほしい、そう願う自分がいた。
(でも…もし、他の男の人に絡まれたりしたら…川澄くんに迷惑かけちゃう)
翌日の帰り道、あやとゆりにそのことを相談すると、案の定ゆりは目をキラキラさせて、すいれんの話を聞いていた。
『そっかぁ~そうだよね!!好きな人の前では、可愛くしたいもんね!!』
ゆりの言葉にすいれんも大きく頷く。
あやは心底分からない、という表情をしていたが、フッとため息をつくとすいれんに笑顔を向ける。
『目立って絡まれたりしたら危ないから…キャップはした方がいいと思うけど、あとは好きにしたらいいんじゃない?』
あやの応えにすいれんも安心したように笑った。
『そうと決まったら明日の帰り洋服買いに行こう~!!』
『2人とも…ありがとう』
土曜日、すいれんはゆりにメイク、髪のセットをしてもらい、洋服はいつもとは違う、淡いピンクのワンピースを着ていた。
自宅の窓から川澄が歩いてくるのが見え、待ちきれずにすいれんはチャイムが鳴る前にドアを開けた。
瞬間、川澄は息を飲み顔を背けてしまった。
(なんか…今日…ちげー…)
長い髪を巻いてもらったのも見てほしくて、家の前ではキャップを外して出迎えた。目をそらしたままの川澄の頬は赤く染まっていた。
『今日…やっぱり…家でもいいっすか…?』
ようやくすいれんの顔を見ると複雑な表情でそう話した。すいれんは、何か川澄を怒らせるようなことをしてしまったかと心配になる。しかし、ボソッと呟いた一言で不安は払拭される。
『あんまり他の人に見せたくないんで…』
(!…それって…自惚れても…いい…のかな…ちょっとは…ちょっとは…いつもより可愛いって…思ってくれたのかな…)
そんな風に考えると、嬉しくて、溢れ出てくる笑みを押さえることが出来ずに、すいれんはキャップを目深に被った。
もっと、もっと、この人のために強くなりたい、そして可愛くありたい…そう思った。
Fin