誕生日
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今年の梅雨は雨が少ない。
湿度はそう高くないが、梅雨入り宣言と同時に毎日夏のような気温で、俺は正直うんざりしていた。
あの人と並んで歩くために進学し、ようやく二年。少しでも近付けているのか不安に思っているが、それを口に出せずにいる。
「出したところで……返事なんてないしな……」
あの人……センパイから連絡か途絶えて半年。難しい遺跡に挑む、そう言っていたがその後連絡が無い。ただでさえ熱さにうんざりしているというのに、思い出すとさらに気が重くなる。
心配だ、そう思っているけれど、邪魔したくないのでこちらから連絡をするのは憚られた。
安っぽいボロアパートの一室で、ちゃぶ台を前に座ってる俺ができることと言えば、無事に戻るよう祈る、それと、早くセンパイのそばに行けるよう努力すること。
本当は今すぐ飛んで行きたいのに。
「勉強より現地で学びたい……なんて言えないよなぁ」
大学進学を誰より喜んでくれたのはセンパイだった。
普通の生活の大切さを知って欲しい、確かそう言ってたっけ。
「……そんなものより、俺はアンタのそばに居たいんだけど」
言っておいてなんだけど、俺ちょっと気持ち悪い。
誰かに聞かれたわけでもないのに、妙に恥ずかしくて窓の外を見る。
都会らしく星なんて見えやしないが、ネオンのせいでやたら明るい。
空だけはセンパイとつながっている。あの人は今どんな空の下にいるんだろう。
朝? 昼? それともここと同じで夜?
「せめて時間が分かればメールくらいするのに……」
携帯の時計を見ると24時前で、日本でメールするには遅い時間が表示されている。
寝てたら返事遅くなるけど時間気にしないでメールくれ、なんて言っていたけれど、起こしてしまうかもしれない。やっぱダメだ。
「あーもう!連絡の一つもよこせっての!センパイが足りねぇ!」
何が足りないかは言わない。言ったらきりがないし罵詈雑言もついてくる。
「そりゃ願ってもない。補わせて頂きますが?」
いきなり目の前の窓が開いた。
ここは二階。無理すれば登れない事もないか……。
「って何でここにいるんすか!」
窓枠に足を置いて靴を脱ぎ、ヘラヘラしながらセンパイが部屋に入ってきた。
足があるって事は生きてるって事だけど、何だか納得いかない。
「HappyBirthday、って言いに来たんだが。思わぬ副収入が……俺、さっきの真に受けたぞ」
ああ、誕生日なんて忘れてたよ。
つーか目がマジだ。やばい。
ただでさえボロなアパート、音漏れなんて日常茶飯事なのに、何する気なんだこの人は……!
「お断りします」
「ほら、成人式も祝ってやれなかったしさ? センパイお祝いする気満々だから」
片手に靴、片手には何やら小さな箱をもって、じりじり近寄ってくる様がやたら怖い。
まだここ追い出される訳にはいかないし、祝ってくれる気持ちは嬉しいけど仕方ない、よな?
「会いに来てくれたんすね?感激っす……!」
よかった、俺ちゃんと成長してたんだな。
みぞおちを狙った拳はクリーンヒットし、センパイは目の前で気を失っている。
言い訳は明日聞きますから、今日はしっかり休んで下さいよ、センパイ。
俺はセンパイの靴を玄関に置いて、自分だけベッドで休む事にした。
もちろんセンパイに掛け布団を譲って、ね。
―翌朝。
「そもそも成人式は来年っすよ」
「え……そうだっけ」
参加しねーから分かんねーや、と思い切り顔に書いてある……気がした。
久しぶりに作った朝飯は上手く出来たし、今日は目覚めもよかったし、ま、いっか。