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【アキ潤】眠り姫に捧ぐ

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朝のあわただしい時間が過ぎて、少し余裕のある時間帯になった。
 少年は朝食で使用した調理器具や食器を洗って片づけたあと、リビングの棚にさしてあった一冊の絵本をとりだした。
 「ねむりひめ」
 表紙には大きくて輪郭が丸い文字でそうかかれている。そしてその下には、美しい姫がベッドの上で眠っている姿が描かれていた。
 少年―――葉山は別に絵本に興味はない。ひとえに日本語の勉強のためだった。
 日本にきてはや数ヶ月。潤の家でいっしょに暮らすこととなり、家事手伝いをしながら日本語と料理の勉強をする日々を送っている。
 さすが「聞く・話すのは世界でも簡単なほうの言語」と言われているだけあって、日常会話程度はある程度できるようになった。問題は書く・読むほうだった。聞いたり話したりするだけだと簡単な言語でも、読み書きが加わることで難易度が一気に跳ね上がるのが日本語という言葉の特徴だった。
 漢字はもとより、ひらがなカタカナも文字数自体が多いので苦戦している。そこで、今は絵本や漫画といった幼児向けの本を使って文字を読む訓練を続けている。
「おうじがねむりひめにめざめのキスをすると、ねむりひめはめをさましました……と」
 読みながら、ひらがなとカタカナはだいぶ読めるようになったんじゃないかと葉山は思う。どうせ図書館でいくらでも借りれるのだし、今度からはもう少し上の年齢向けの本をねだってみようか、と頭の端で考えた。
 ふと、こちらの眠り姫はどうしているのかと気になって寝室に移動した。
「……うへへ……」
 ベッドの上で、潤が寝ている。なにか楽しい夢を見ているのか、その顔にしまりはない。口の端からよだれすらたれている。
 前日まで、潤は論文を書いてて修羅場に陥っていた。なんとか夜には完成させ「葉山くん、明日十時までに起きてこなかったら起こして・・・・・・」とだけ言い残して風呂も入らずに死んだように眠ってしまった。
 時計を見る。九時四十五分だ。
 たしか昼前に友人と会う約束があるという話だったはずだ。風呂、せめてシャワーを浴びる時間を考えたら今から起こしたほうがいいかもしれない。
「潤、起きろ、こら」
 ゆすぶって、叩いて、頬をつねる。
「ぐう」
「おきろってー」
 べちべちと割と力をこめて叩くが潤は未だ眠りの中だ。大声で叫んでみるも、力が抜けそうな声で寝言をつぶやくだけだった。
「おい」
 どうしようか悩みながら潤をゆさぶると、背後から「どさ」という何かが落ちたような音がした。
振り返ると、持ってきてベッドの端に置いてた「ねむりひめ」の絵本が落ちている。本は開かれ、姫が王子のキスによって眠りからさめるシーンが葉山の目に留まった。
「……潤」
 揺する。起きない。
「…………」
 ゆっくりと顔を近づける。己の唇と潤の唇を重ねる。
「……ぐう」
 潤は起きない。
「……なにやってんだ俺」
 絵本なんか真に受けて、と自嘲する。
 ばかばかしいと、自分で思った。それでもなんだか少し、どきどきした。

*****

「起きろ」
「ぐう」
 八年経っても潤の眠りの深さは変わらない。一度寝付いたら揺すったりする程度ではとうてい起きないというのは葉山は長い同居生活でいやというほど理解していた。
「まったく……」
 ため息をつきながら、研究中に寝落ちした潤の体を抱えあげる。俗にいう女のあこがれの「お姫様だっこ」だが、とうのお姫様は夢の中で、そういう状態になっているなど知る由もない。
 ベッドまで運んで掛け布団をかけてやる。
 潤の無防備な寝顔。多分多少のいたずらをしても目をさますことはないだろう。
「…………」
 幼少のころの思い出がふと蘇る。眠り姫絵本を読んだ後、その絵本のとおりにキスをしたことだった。
 自覚はしてなかったが、あのときにはすでに恋いにおちていたんだろうと推測する。その心は今でも変わらない。変わらない、が、
「…………」
 ではあのときのようにキスをできるかというと、二の足をふむ。
 もしも潤が起きてしまって、二人の今の距離間に影響がでたら―――という考えがつい頭をよぎるからだ。
 あのときからずいぶんと成長した。日本語は現地の日本人と変わりないレベルにまで達したし、その他の勉強もできるようになった。料理はもちろん遠月という最高峰の学校で成績上位陣として名をはせるようになったし、容姿も立ち居振る舞いも、他人を魅了するくらいのものを身につけている。
 それでもときどき思う、あのときは良かったなと。
 立場なんか考えないで、好きに振る舞えたな、と。
「……あほらしい」
 ふ、と自嘲して立ち上がる。昔のことばかり考えても仕方がない。
 それでも、昔のことを思い出したせいか、無防備な寝顔はいやに目についた。
「起きるなよ」
 祈って、潤の手をとる。
 王子ではなく、騎士のように、姫の手に軽く口づける。
「……あー、なにやってんだ俺」
 自分でやって、恥ずかしくなった。鏡など見なくても、自分の顔が赤いのが分かる。
「こういうのは卒業したら、だ。うん」
 頭をふって、ひとりごちて、寝室の電気を消す。
「おやすみ、潤」
 そういって、暗くなった部屋の扉を閉める。中には規則正しい寝息だけが響くようになった。
 眠り姫は、まだ目覚めない。
作品名:【アキ潤】眠り姫に捧ぐ 作家名:ナツノ