葉音~すえなり~7
葉音〜すえなり〜
B.R.
いつの間にか米を研ぐのは日課だった。
鍋に水を張り昆布を沸騰させ鰹節を入れ出汁を取るのはこだわりになり。
冷蔵庫の中身を確認し献立を考えるのは体に染み込んだ習慣だ。
「あら」
調味料の入った棚を確認すると醤油が残り少なくなっているのに気づいた。
「週末まではもつわよね、急なお客さんが入ったら買いに走れば間に合うでしょ」
割烹着のポケットからボールペンとメモパッドを取り出して「醤油」と書き込む。
ベリッとそのパッドからメモ書きを切り離し冷蔵庫の磁石付きクリップに挟み込む。
「流石にまだ早いわよね」
時計に目をやると針はまだ三時前を示している。
いくらなんでも今から夕飯を作るってのは気が早すぎる。
「って、アタシったらさっきお昼食べたばかりなのに、もう夕飯のこと考えてる」
いかんいかん!まだ花も恥らう年齢なんだ。こんなの一山超えた主婦みたいじゃないかい!
――ドスン!
顔に手の平をやり年甲斐でもない事を悩みで唸っていると天井から何かが落ちたような音が聞こえた。
「――どりさん!?」
ちょっと途切れた相茶ちゃんの緑里を呼ぶ声も聞こえた。
ハァ……。緑里のサボり癖も何とかならんもんかね、誰か叱ってくれる人かお客さんがいないとすぐアレだ。
「まったく……ん?」
二階から緑里の「あはは」と笑う声が聞こえる。もう掃除する気はどっかに飛んで行ったみたいね。
相茶ちゃんが真面目な子っていっても緑里に文句や説教垂れたりは……
「まてよ?」
確かに相茶ちゃんは真面目だ。それも今時本当に珍しい生粋の生真面目っ娘だ。
そんな子だから、いや!そんな子だからこそ!
「もしも緑里の影響でも受けてしまったら……」
創造した瞬間、冷や汗がブワッと湧き出る。
緑里一人で手に負えないのに緑里みたいな子がもう一人も……それ以前に相茶ちゃんが悪影響を受けて不良にでもなったりしたら、相茶ちゃんの両親にも示しがつかない!
「なんて、流石に考えすぎだよね」
「まさかね」なんて乾いた笑いを漏らしながらもアタシの腕は割烹着を取り外し、両足は廊下に向けて歩き出していた。
――ドスン!ガラン!
廊下に出たところで再び二階から大きな物音がした。
しかもさっきよりも大きく二回も。
「――ッハハ!――ゃんも気を――ないとだ――」
咄嗟に耳を澄ませたけど緑里の声が断片的に聞こえただけだった。
そもそも空っぽになった部屋に雑巾をかけたり埃を掃ったりだけなのにドスンバタンと物音立つものだろうか?それも何度も。
「緑里の事だ、派手にはしゃいでるだけでしょう」
口に出してはみた物の何か胸騒ぎがする。
まったくこんな事になるなら相茶ちゃんにはこっちを手伝ってもらうんだった。
ぶつぶつ考えても仕方ない。
アタシは階段を早足で昇る。しかし着物の裾は階段を昇るのに邪魔だ。
相茶ちゃんが来るって言うから仕事着でいようとしたのが仇になってるみたいで、なんとも言えない気持ちがこみ上げてくる。
「緑里ー!せめて掃除済ませてから遊びなさーい!」
階段も昇りきるって所でこみ上げたものを吐き出す様に声を出す。
「やばい!千布ちゃんよ!って、あらら!」
千布のあせる声の直後に
「え?緑里さん!あぶな」
何故か相茶ちゃんの焦った声も聞こえる。
――ドスン。
そして間髪いれずに何かが落ちる音。
仲良く二人で遊んでたのかしら?
今日は相茶ちゃんの手前もある、緑里には少しキツく言っておこう。
何か間違えがあってからでは遅いのだから。
「ちょっと緑里!なにあ……そんで……」
ガラッと勢いよくい襖を開きながら緑里を叱ろうと声を上げた、が尻窄んでしまう。
「あ、千布ちゃん」
いつものように何事もなかったみたいにケロッとした顔の緑里と、
「さ、左近さん!これは!違うんです」
真っ赤になった相茶ちゃんが私に謝っていた。
なぜか緑里が相茶ちゃんを押し倒すように覆いかぶさりながら。
「相茶ちゃんが不良に……ま、間にあわなかった……」
私は膝から崩れ落ちガクンとうなだれる。
その後、「誤解です!」と真っ赤になって喋る相茶ちゃんと「ウフフ」と笑う緑里から「重ねた座布団に乗って鴨居の辺りの埃を落としていたら転げ落ちてああなってしまった」と説明を受けるまで、アタシは一人後悔と自虐の念に駆られ畳にのの字を描く生き物となっていた。