葉音~すえなり~8
葉音〜すえなり〜
B.R.
「ハイよ相茶ちゃん、今度からは面倒くさいなんて言って危ないことしないでよね?」
「ごめんなさいです……」
場所は旅館裏。私は左近さんから小さ目の脚立を受け取りながら頷いた。
緑里さんと相談し合い「寒空の中を歩いて旅館の表にある蔵に向かうことが億劫」という答えを出し、座布団重ねたりどっちかが馬になったりして高いところの掃除を行なった。
その結果の(怪我はないけど)落下事故が起きてしまった。
初日から心配をかけ迷惑になってしまうなんて最低なことでは……。
「いやいやアタシもね、怒ってるんじゃないんだよ。ただね、あの白綿毛の身勝手で怪我でもされたらアタシも悲しいからさ、だからね?」
「もしもし?」
ふと訪ねるような声が聞こえた。
私はうなだれていた頭を上げると左近さんの方をちょんちょんと叩く緑里さんの姿が目に入った。
「白綿毛って誰のことかな?千布ちゃん?」
「いえいえ〜別に誰を指していったわけでもないですよ〜。心当たりでも?緑里さん?」
笑顔でバチバチと火花を散らすお二人。間に入れず固まる私。
微妙な空気を察したのか緑里さんは「まぁいいか」と呟きながらクルッと左近さんに背を向ける。
「ちょっと緑里、流石に――」
「悪かったわよ、今度からもう少し気を配るわ」
緑里さんは左近さんの言葉にぶっきらぼうな感じで割って謝罪する。
そのまま振り返ることなく旅館の中へと小走りで戻っていった。
「あの……左近さん?あまり緑里さんを責めないでください」
私にも非がある。あんなに差別化されて怒られたんじゃ緑里さんも良い気分はしない。
「…………」
左近さんは私の声が聞こえてないのか、緑里さんの向かっていったほうを見て固まっていた。
「左近さん?」
私はおそるおそる左表情を確認するように左近さんの脇に立つ。
「珍しいこともあるもんだね……」
目の前に居る私にもぎりぎり聞こえるかどうかぐらいの声量で左近さんは呟いた。
緑里さんのあっけらかんとした態度に呆れているのかと思っていたが、意外にも左近さんは笑っていた。
「あ、えっと……?」
表情を覗き見ていた渡しに気づいた左近さんは少しだけハッとして言葉を発した。
「ごめんね相茶ちゃん、悪い子じゃないんだけどね。新しい子が来るって先週からはしゃいじゃっててさ、まぁ落ち着きがないのはいつもの事なんだけどさ」
何かを思い出すように「フフフッ」と左近さんはにやける。
「でもね、緑里がアタシの前でアタシや昨日今日会った人に謝るなんて珍しくてさ、ちょっと面食らっちまったよ」
「ふぁ」
左近さんの手がポンと頭に乗せられ私は思わず驚きの声が漏れてしまう。
「本当に良い子なんだろうね。相茶ちゃんは」
「えと、あの……?ありがとうございます」
すぐには褒められたのかどうなのかも分からなかったが優しく撫でられ感謝の言葉だけが押し出されるように飛び出した。
「おーい!二人とも!」
急に声がかけられる、緑里さんのものだ。
二階の廊下の窓から顔を出し手を振っているのが見えた。
「早く終わらせておやつにしようよぉ」
「あんたねぇ、もう少し反省の形を……ま、いいか」
左近さんは私の背を軽く叩き「ほら行くよ」と玄関へ私の足を促す。
「はい!」
我ながら元気よく返事をし左近さんに連れられる様に歩き出す。
仲が良いのか悪いのか。いまいち掴み切れない不思議な雰囲気の二人。
でも私はこの旅館「静春宿」で暮らすことに期待で胸を膨らませていた。
その理由は今は知らない。