匹儔
人間は死ぬまで完成しないのだという。
死のあと、どうなるのかわからないのにどうしてそんなことが言えるのだろうか。
「京一は、どうして鍛錬するんだ?」
出かけようとしている京一に話しかける。
「んだよ、ひーちゃん。突然」
京一はきょとんとした顔で振り向く。
その顔はかわいい。こういう油断した顔が京一はかわいすぎる。
そうだ、それはいま関係なかった。
「いや……もうお前は十分強いだろう?」
ステータスも999だしな……。
「おしッ、ヤルか!」
「え?」
ニヤリと京一は口の端を上げると踵を返し俺を抱きしめながら、玄関口から居間へと押し出し絨毯へと押し倒されそうになるところを既のところで持ちこたえた。
「やるかってなんだよ。やるかって……」
「何いってんだよ、ひーちゃん。二人っきりでヤルことと言えば一つしかねぇだろ?」
へへへッといつもの笑みを浮かべ押し倒そうとしてくる京一をなんとか力で抑える。
「抵抗すんなよ、ひーちゃん。さっきのはアレだろ? ひーちゃんなりのオサソイってやつだろ?」
なんだそれは、なんだそれは。と思いながら、京一は器用に上着を脱がそうとする。
木刀もいつの間にか下へおろしている。さすが神速の剣士―――そうではない。
「おいっ。そういうつもりはないって」
「ひーちゃんかわいいなぁ……素直なオサソイをしてくんねェんだもんなァ、いっつも」
ことを先へ先へと進めようとする京一。
そっと唇まで塞いできやがった。
「―――っ」
もうお互いに知らない所はないんじゃないかというくらい身体の隅々まで知り合ってしまった間柄だ。
しかし……、
「い、い、加減にしろ!」
腕を振りほどき、間合いを瞬時に置くと発勁の構えになる。
そのつもりはなかった、京一への疑問が浮かんだだけだった。
それを勘違いしやがってこの猿頭という思いで睨みつけると、京一はニヤニヤしている。
「へへッ、だからだよ」
「は?」
「俺はなぁひーちゃん、お前と肩を並べるために鍛錬してんだ」
これが答えか? いや、そうなのだろうかもしれないが、俺と京一が差しで勝負することなんてないし、何の意味があるんだそれに。
「わっかんねェだろうな、ひーちゃんには」
それをわかっているかのように言葉が続く。
「さっきのはなんだっ」
そうだ、コイツは聡い奴だ。俺が何を聞きたかったのかわかっているはずだ。
「だからよ、さっきのが答えなんだって」
ニカっと笑う。だからかわいいんだって……。
「未熟だろ? 俺って」
そう言われると……いつも猿頭だと鳥頭だの罵っている風景が浮かぶ。決して京一のことを本気でそんな風に思っているわけではないが。
「だからだよ……」
ニヤリとシニカルな笑いに変わる。
「まァ、徐々にやってくしかねェよな。じゃァな」
そう言うと京一は背を向けて玄関へと向かった。
ドアが閉まる音がして、出かけてしまったのがわかる。
いつもの鍛錬の時間なのだからそのうち帰ってくるだろうが、「未熟」ってなんだよ……。
俺はいつもお前に助けられてばかりだ。
俺のほうがいつだって未熟だよ、と言おうとしたが言えなかった。
俺もこの「未熟」を克服しなければ、京一と肩を並べられない。
お互いがそう考えているのかもしれない。