あゆと当麻~バレンタインでキス~
うわーと亜由美は頭を抱える。
「何か言われたら指輪でも見せて文句あるかと言え」
恐ろしいことを当麻が言う。
亜由美は頭がずきずきしてくる。
思わずこめかみを押さえる。
「ほら、寒いのにほっつき歩くから風邪ひいたんだろう? 入れ」
その様子を見た当麻がコートを広げて亜由美を包み込む。
違うんだけど、と亜由美は呟くが、めったにない状況に嬉々としてコートの中に入る。
困ったり、うれしかったり・・・恋する乙女って大変、などと亜由美は心の中で苦笑する。
明日以降のことは後で考えよう、と亜由美は思いなおしてせっかくの夜の散歩デートを楽しむことにした。
「とうまー。もうちょっと遠回りしよ」
甘えた声でねだる。
「風邪ひきかけてるのに、か?」
「だから、違うって。この通りぴんぴんしてるよ?」
じっと当麻を見つめる。甘えてじっと見つめれば当麻は大抵のとき折れてくれる。
折角のチャンスを見逃す手はない。
思ったとおりに当麻が降参する。
「ちょっとだけだぞ」
言ってもう少しで家だと言うところでわき道にそれる。
歩きながら亜由美は歌を口ずさみ出すが、途中で途切れてしまう。
ねぇ、と亜由美が当麻に言う。
「昔、バレンタインでキスとかいう歌あったよね? どんな歌だっけ?」
言われて当麻が記憶を掘り起こす。
「あったな。確かこうじゃないか?」
亜由美が途切れさせた歌の続きを歌う。
普段、当麻は歌を歌わない。選択の音楽もあえて取ってはいない。
自分が恐ろしく音痴なのを知っているからだ。歌えばからかいの対象にしかならない。
だが、亜由美は違う。当麻はなんでもできるからひとつぐらい苦手なことがあったほうが安心すると言って当麻が歌うことに対して何も言わない。一緒に歌って一緒に音をはずして楽しげな顔をするぐらいだ。
だからこそ当麻はこの少女の前では素直な自分でいられるのだと思っている。
亜由美は当麻の言動に一々ぎゃぁぎゃぁ文句をつけるが、それは枝葉末節のことで根本的な部分では何も言わず
素直に受けいれる。決して自分を特別扱いもしないし、拒否もしない。
当麻の特異といわれる才能に対しても驚くことは驚くが、それだけだ。普通に接して普通に笑いかけてくれる。
だからこそ、逆に思う。この少女にふさわしい人間になりたいと。
他の男なんか目に入らないぐらいいい男になってやるからな、と当麻思った。
「待ってろよ」
といきなり呟く。
え、何?と亜由美が当麻を見上げて聞きかえす。
「なんでもない、こっちの事」
当麻が言うと亜由美が不満げな声を出す。
「なんでも話すって約束じゃない」
「人間、秘密の一つや二つあるだろうが。山のようなお前の隠し事に比べたら対したことじゃないと思うが?」
「もう隠してないもーん」
そうだったな、と亜由美が言う言葉をうれしげに受け取る。
もう二人の間に秘密はない。
「お前が他の男に目をやれないほどいい男になってやるって言ったんだ」
「って、十分いい男じゃない」
「まだ足りない」
当麻が答える。
やめてよ、と亜由美が言う。
「これ以上当麻がすごくなったら追いつけないじゃない」
お前はいいの、と当麻は言う。
「お前はそのまんまで十分だから」
当麻は足を止めると亜由美を抱きしめる。自分にとって亜由美はそのままでいい。もう自分はその存在に十分救われているから。欠点も長所もいとおしいから。
やだ、と亜由美が答える。
「私もいい女になるもん」
だから、と当麻が念を押す。
「できた女はいらない。欠点だらけのお前でいい」
その言葉に亜由美が言葉を失う。
「台詞で殺さないでよー。もう当麻しか見えなくなっちゃう」
俺だけ見ていればいい、と当麻は言う。
うん、と亜由美はうれしげに答えて当麻の頬にキスをする。
「バレンタインでキス、ね」
亜由美が言う。
ああ、と当麻が答える。
「毎年の習慣にしようか」
そういう当麻の台詞に亜由美が突っ込む。
「しょっちゅうキスしてるじゃない」
人が見ていない二人きりになると必ず一回はキスをする当麻の事を思い出させる。
「愛情を確認するてっとりばやい方法だからな」
一向に行動を改める気がない当麻は言う。
「キスしなくても、私の心はずーーーーーーーーーーっっと当麻のものだよ」
「俺も」
二人で人気のない路地で抱き合う。
「私達ってお馬鹿カップル?」
抱き合いながら亜由美が呟く。
「だろうな」
当麻も呟く。
別にいいんじゃないのか、とさらに当麻は言う。
うん、と亜由美も答える。
「あ、雪」
熱い抱擁を交わす二人の上に初雪が降りかかる。
「寒いわけだ。さぁ、風邪ひく前に帰るぞ」
「うん」
今度こそ二人は皆の家に帰った。
作品名:あゆと当麻~バレンタインでキス~ 作家名:綾瀬しずか