過ぎた日々は…~promise~
チャーチを卒業して2度目の春
任務を終えて一時的に帰国した珀は川沿いの桜並木をナニーをくわえて歩いていた
ふと見上げると、空一面を覆うほど満開の桜が広がっていた
奇しくも己とおなじサクラの名を持つ花を見上げながら思い出すのは自分より頭一つ小さなあいつの姿
~
「鋭利、散歩に行こう」
ある日、訓練が終わって珀と鋭利がそれぞれ部屋で自由時間を過ごしていたとき、珀がふいにそう言った。
「…へ?」お菓子やナニーのストックを買いに行く以外で珀が外に出ることは珍しいことで、一瞬鋭利は戸惑った。
「今…からか?どこに?」
「近くの川沿いにある桜並木だ」
「ちょ、ちょっと待て。桜を見に行くのは良いけど、何で今なんだ?」
突然のことに加えて時間はもうすぐ夜の8時だ。ここから桜並木まで歩いて行くにしてもそれなりに時間がかかる。
「昼に通りかかったときに、満開の桜がとてもきれいに咲いていてな、鋭利にも見せたいと思った。」
珀が桜に興味があるとは驚いたが時間が時間だ。
満開の桜はもちろん見てみたいが、今から行くというのはさすがにいただけないので
「わかった行こう。でも今日は遅いから明日な?」
というと、珀は
「今日だめなのか…?」
とまっすぐ鋭利の目をみつめた
「だめ、門限過ぎて叱られたら厄介だろ?」
そういうと珀も諦めたように「そうか…わかった」と言って読書に戻った
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4月
チャーチを卒業して2度目の春
任務のためある学園に潜入中の鋭利は桜の建ち並ぶグラウンドを意味もなく窓越しに眺めていた。
ふと見ると、地面一面を覆うほどの花びらを散らす満開の桜が広がっていた
奇しくも己とおなじサクラの名を持つ花を見上げながらふと自分より年上のマンガの世界からとびだして来たようなあいつの姿を思い出した。
~
「鋭利、散歩に行こう」
突然の珀の誘いに戸惑った。珀が散歩に誘ってくることもそうだが、あいつが桜に興味があるとは思わなかった。
あのとき、時間が遅いからと言って次の日に先延ばした約束はその日の夜に吹き荒れた嵐によって叶うことはなかった。
「桜、散っちまったな…」
休日であった嵐の翌朝、ダメもとで桜並木へ足を運んでみたが案の定桜は散ってしまっていた。
「ああ…」
珀の返事が聞こえた
鋭利は何故だかどうしても珀の顔が見れなかった
昨日行かなかった後悔以上に、何か珀の伝えようとしたメッセージを受け取り損ねたような、そんな気がしていた。
~
あの時受け取りそこねたメッセージ…
今なら分かる。何故珀があんなにもあのとき行きたがっていたのかが。
きっと満開の桜を見たとき珀は自分たちの姿と重ねたんだ。
いつ散ってしまうかもわからない、そんな儚い存在
二度も自分のメサイアを失っている珀はきっとその事を誰よりも感じているに違いない。だからこそ美しく咲き誇る瞬間を自分の半身と共に、卒業前に眺めておきたかったのだろう。
俺があのときあいつの顔をまともに見れなかったのは、きっとそんな珀の気持ちがなんとなく伝わったのかもしれない
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満開の桜を見上げながら、走馬燈のように自分の半身との記憶が頭の中を駆け抜けた
だらしなくて甘い物ばかり食べていた長身のあいつ
母親のように口うるさく毎日騒いでいた小さなあいつ
何を考えているか分からない変装が得意なあいつ
気が強くて誰よりも射撃の上手かったあいつ
心の深い傷を俺に見せ、信頼し、委ねてくれた俺のメサイア
俺を守って小さな体にあれだけ球を受けながらも絶対に死なないという約束を守った俺のメサイア
満開の桜を見上げながら今も世界のどこかで必死で生きている自分の半身を想った
「珀…」 「鋭利…」
あれから数週間後の卒業試験に合格し一人前のサクラとなってから約二年互いに顔を合わせたことは一度もない
叶わなかったあの日の約束
目を閉じて思いを馳せる
おそらく一生叶うことのないあの日の約束を
作品名:過ぎた日々は…~promise~ 作家名:さのすけのん