屋上から貴女に送るラブレター
ただ、貴女に近づきたいだけ。
ただ、貴女を見ていたいだけ。
“屋上から貴女に送るラブレター”
ふわりと髪を揺らす風はとても暖かい。
鼻をくすぐる優しい香り。
(春のにおいですね・・・。)
そんなことを考えながら、本田菊は屋上に向かっていた。
教室では同級生が授業を受けている。
カチャリと屋上の扉をあけると、一人の少女が望遠鏡を持って、3年生の教室を見ていた。
「ナターリヤさん。またですか?」
「うるさい、今いいところだ。兄さんが問題を解いてる。」
クラスメイトのナターリヤ・アルロフスカヤはさぼり魔として有名だった。
そのため、学級委員である本田菊はナターリヤのお世話係に任命されてしまい、彼女を授業に出席させなければいけなくなってしまったのだ。
毎日のようにナターリヤは兄のイヴァンを追いかけていた。
授業中は望遠鏡を持参して彼の様子を観察している。
「・・・貴女が授業にでないと私も授業にでれないのですが・・・・。」
「どうせあんな話聞かなくてもテストで点数とってるんだからいいだろう。お前だって授業聞いてなくても学年2位なんだから問題ない。」
本田がお世話係に任命されたのは、少しくらい授業を聞かなくても成績優秀だからだった。
当のナターリヤは学年1位。
勉強さえしていればいいのだろうと彼女はトップを譲らなかった。
兄を追いかけるために。
(・・・お兄さんのためなら勉強も頑張っちゃうんですね・・・。)
「学校は勉強する場所で、お兄さんを観察する場所じゃありませんよ。」
「・・・私が学校に来るのは兄さんがいるからだ。」
「・・・そんなだから友達ができないんですよ?」
ナターリヤは他人と関わるのを極端に嫌がった。
そのためクラスメイトと話すこともほとんどない。
そんな状態で友達などできるはずもなかった。
「うるさい。私には兄さんさえいればいいんだ。・・・・それに、お前がいるだろう。」
「・・・・・・光栄ですね。友達と呼んでくれるんですか?」
「・・・・ノーコメントだ。」
ぷいっとそっぽを向くナターリヤを、本田は愛おしく見つめた。
ナターリヤは小さくあくびをする。
「おい。肩貸せ。」
「え?こうですか?」
本田の肩にナターリヤの頭がのっかった。
「ナターリヤさん!授業は・・・・?」
「こんな天気がよくて暖かい日に教室でつまらん話なんか聞いてられるか。私は寝る。」
「・・・・またですか・・・。まあいいですけど。」
本田は深くため息をついた。
本田がナターリヤを説得できたことなど一度もない。
しかし、授業を聞くより彼女と一緒に過ごす時間のほうが何倍も楽しかった。
(というか普通肩を貸すのってかわいい女の子の気がするんですけど・・・。)
「・・・・お前も・・・寝れば・・・いいだろ・・・むにゃ・・」
ナターリヤはうとうととして、眠ってしまった。
それを見て本田はにこりと笑う。
「寝ていれば本当に美人さんなんですけどねぇ・・・」
ふわりと吹いた風が桜の花びらを舞わせた。
暖かい。彼女を支える自分の肩にもぬくもりを感じる。
本田は、至近距離にある彼女の顔をまじまじと見つめた。
白く雪のような肌、長い睫毛、小さな唇。
「いつになったら言えるんでしょうね・・・。」
ナターリヤの白銀に光る髪を一房とり、それに口付けた。
「・・・貴女をずっと見ていたいのです」
再び風が吹き、桜の花びらがひらひらと舞う。
暖かい春の風が二人を包みこんでいた。
作品名:屋上から貴女に送るラブレター 作家名:ずーか