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ビールとプリン

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パスタが茹であがるまであと4分あるので、おれはコンロの火だけには気をつけながら携帯をとりだしてひらいた。さっきから、手が離せないときから何回かなっていたそれはメールをしっかり受信していて、待ち受けの、唯我独尊丸の写真の右端にちいさなマークをつけていた。3件。ひとつはマネージャー、ひとつはメールマガジン、ひとつはルリからだった。おれは最後のそれだけをすこしうれしくおもって、返事をしようかなあとおもったけれど、それと同時に玄関が開く音がしたので、携帯はやっぱりズボンのポケットに戻すことにした。おれたちはそれぞれの時間をとても大切にしていて、そうして互いにそれを理解しているので、良い。おれはビニール袋がこすれる方を振り向いて、そこにおかえりを言うべきひとがいることを確認する。そのひとは、外の匂いをすこしまといながら、ただいまと言ったので、おれはうれしくおもう。

「おかえり」
「いいにおいだな」

べつの鍋でつくっていたカルボナーラソースのにおいのことを言っているんだろう。おれはずっとここにいるので、そんなにいい匂いかわからなかったけれど、兄貴がそう言うなら間違いないんだろう。

「外、さむかった?」
「いや、今日は夜でもあったけぇ」
「そっか」

ビニール袋をちいさなテーブルに置いた兄貴からひらっとピンクのものがこぼれおちた。桜だ。もうだいぶん外は葉桜なので、最後の桜なんだろう。それを拾おうとしたけれどキッチンタイマーが鳴り響いたので、そっちに向き直った。やかましいそれを切ったら、こんどはプシュッと、思わず喉が鳴る音がする。おれはべつにそこまでお酒が好きなわけじゃないけれど、兄貴が飲んでいるのを見るとすこし欲しくなる。
おれは茹であがったパスタとカルボナーラソースをからめながら、後ろでビールが兄貴の喉を通っていく音をきいていた。

別々の生活がはじまって、1年が過ぎたころだった。なんだか会うたびに兄貴が痩せているのが気になった。一緒に住んでいたころは、そりゃあ母さんがいたからきちんと毎日3食食べることができたわけだけど、今はそうはいかなくって、俺は職業柄、自分で食べるよりも、食べさせてもらうことのが多かったので、栄養的になにも問題はなかったのだけど、兄貴は別だ。すべてをひとりでやらなくてはいけない状況にあって、そうして職業も、その生まれついた性格からあんまり長続きはしていなくって、おれは顔には出さないけれど正直すごく心配していたのに、ちゃんと食べてるの?という質問にも、ああ食ってるとばればれな嘘を言うので、ならばもうここはおれがつくってやろうとおもって、以来時々仕事の合間を盗んでは、兄貴の家にごはんをつくりにきている。もちろん簡単なものばかりだけど。
最初はただの弟心からだったけれど、思えばこうして、数か月に1度でも、兄貴ときちんとコミュニケーションがとれる機会があるのは、なんとも貴重でたいせつなことだ。そうでもないと、おれたちはあんまり会うことがない。お互い決して交わらないところに生きているからだ。血のつながりだけが、おれたちをつなぐ最後のものだから、それを時々は目に見えるかたちで確認する作業は、とても必要なのだ。
おれは皿にカルボナーラをうつして、テーブルの上においた。ビールのとなりに。兄貴はビニール袋を自分の足元にうつした。

「うまそうだな」
「うまいよ」
「だな」

おれは自分のも皿にうつして、テーブルにおいて、そうして座布団の上に座る。六畳半のちいさな部屋だ。テレビとベッドとテーブルと、いくつかの家電くらいしかない、最低限のものしかない兄貴らしい、部屋だ。
いただきます、とふたつの声が重なった。

「ねえ」
「なんだ」
「何回か、訊ねてるけどさ、やっぱり一緒に住まない?」
「・・・無理だって言ってんだろ。俺とお前じゃ住む世界が違いすぎる」
「兄弟なのに?」
「兄弟だからだ」

兄貴はそう言って、パスタをきれいにたべた。おかしなはなしだなあとおもう。ずっとおなじ世界に生きてきたはずなのに、どこで別れてしまったんだろう。兄貴は、そりゃあ昔から短気だったけれど、人間的にはけっこうできてるとおもうので、彼が日常にさえ所属していれば、きっとおれたちはまだ一緒の視線で世界を見れていたんじゃないだろうか?
そうおもうと、すべては兄貴が高校時代に、あんな良くない人間と出会ったのがいけなかったのかもしれない。それは、今でも兄貴のまわりにいて、兄貴を怒らせ困らせ翻弄している。おれは、感情には薄いけど、あのひとがいやな人だというのはよくわかる。あの、折原臨也とかいう、にんげんは。

「そっか」
「そうだ」

おれも、兄貴の真似をしてパスタをきれいにたべる。パスタをきれいに食べるコツは、欲張りすぎないこと。適量をスプーンの上でフォークにまきつける。多すぎると口にはいりきらない。欲張っては、いけないのだ。なにごとも。あ、と兄貴が呟く。

「なに」
「これ、お土産」

兄貴は足元においていた、コンビニの袋から、ちいさなプリンをとりだした。おれはそれをひとつ手にとって、自分的に、くすりと笑った。それが目に見えるものか、わからないけれど。プリンを買うバーテン服の長身の男の人を想像したら、なんだか滑稽だ。きっとこのひとが、こんな滑稽なことをするのは、おれのためだけだと、うぬぼれたい。

「ねえ、マジックペン、ある?」

名前をかかなければ。間違えないように。もちろんいますぐ食べるものだけど、間違えないように。兄貴はにっと笑って、ベッドのあたりにほおっていたかばんから、筆箱をとりだして、そこからマジックペンをぬいて、こちらによこした。このひと筆箱とか、もってたんだなあ。

「もう間違えんじゃねぇぞ」
「そうだね、まあ間違った覚えは、一度もないんだけどね」
「やっぱわざとだったのかおまえ」

兄貴が、あんまり一般的に受け入れられなくなったのは、たぶんあのいやな人間の所為であることはほぼ間違いないのだけど、その大元、兄貴がこんな膂力をもったのは、そもそもおれの所為だとおもう。それだけは、やっぱりだれより長い時間を共にしてきた特権なので、ぜったいにあんなやつには譲ってなんかやらない。おれはマジックペンで、おおきくプリンに名前をかいた。
次になにか、兄貴を揺らがすことがあるなら、やっぱりその元も、おれでありたい。おれは兄貴にごはんもつくってあげられるし、プリンも買ってきてもらえるけれど、だけど嫌われることも、憎まれることも、ないので、せめて揺らがすことくらいはやってやりたい。それはだれも不幸にならない、あのひとと正反対の、とてもやさしいやり方で。まだその方法は、わからないけれど。だけどきっとおれたちが完全に離れることはないので、気長に考えることにする。こんなじかんを、しぬまできっと、幾度となく、おれたちはくりかえすことができる位置にいるのだから。

作品名:ビールとプリン 作家名:萩子