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純情高校生と情報屋さん

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あまりの痛みに、目が覚めた。

霞がかった意識の中で現状を確認するが、殴られた頭には驚く事に傷が無かった。なんだろう、シズちゃんの出鱈目さが移ったのかな。いや、それもかなり嫌だけど。喧嘩の最中に捻った足まではどうにもならないが、何かが奪われた形跡も無いし、不意打ちに沈んだ状況から思えばかなりの好条件だ。

ああ。でもどうして俺がこんな小汚い地面に座り込んでいなければならないんだ。

「…立てないし」

これだから、シズちゃんに関わるとロクな事が無い。
全く日々懸命に努力している人間が、こんな悲惨な目に合うなんて世の中間違ってるよね。だから俺は神様なんて信じちゃいないんだ。

「……………」

差し込む光は朝の太陽。
視線の先の通りには、通学途中であろう学生達が行き来している。

路地裏を覗きこめば不運な苦労者が座り込んでいるなどと気付かない彼らは、日常が詰まった場所へと足を進めている。とりあえず現状をなんとかしたい俺は、不本意な追いかけっこの最中に無残な姿へと変形させられてしまった携帯を眩しい光が溢れる道へ投げつけた。これだけ人がいれば誰か気が付くだろう。大きな声を出す気力すら、その時の俺にはなかったわけだ。

ガラクタ同然の機械を、学生服の誰かが拾った。
屈んでいて顔は見えないが、ボロボロのブレザーと痛んだ金髪。どこかの誰かを彷彿させる姿に一瞬ムっとするが、まずは助けを呼んでもらわない事には話にならない。

「ねぇ、それ拾ってくれないかな?」

猫撫で声は得意だ。
この頭と顔で、人の心に入り込むのも苦手じゃない。

精々利用してやろうと、素直にこちらへ向かってくる学生へ笑みを向けた俺は、不覚にもその場で表情を凍らせた。

「…シズ、ちゃん?」

そこには、先程まで見ていた彼からは一回り小柄で、ボロボロのブレザーを着こなすシズちゃんが立っていたのだ。あり得ない光景に瞬きを繰り返せば、目前の(多分)シズちゃんが溜息を零したのが聞こえてくる。

「何馬鹿やってんだよ、臨也」

そうして軽々と俺を持ち上げたシズちゃんが、路地から出ていこうとする。
ちょっと待って、朝から俺は男に担がれ街の注目を一身に浴びるつもりなんて欠片も無い。無いって言うのに…!

「ちょ…シズちゃん下ろしてよ!」

「立てねぇくせに何言ってんだ?いいから来いよ。遅刻するだろ」

「ちこ…いや、俺の格好見てよ、どう考えても学生じゃないから!てか、シズちゃんも何でそんな格好し「うるせぇ。耳元で騒ぐんじゃねぇよ。怪我人は大人しくしてろ」

どう見ても年下のシズちゃんに正論を吐かれ沈黙したとすれば屈辱だが、今の俺はパニック状態である脳を休ませる為に沈黙を選んだ。そんな態度をどう受け取ったのか、満足そうに米俵状態の俺の身体を抱え直したシズちゃんが何か言おうとして、言葉を飲み込んだのに気が付いた。

「……なに?」

「あー…。その、大丈夫かよ」

照れたように頬を掻く姿。
俺はこのシズちゃんを見た事がある。もっと言うなら、つい先程回想していた彼でもある。


『……シズちゃんさぁ、昔に比べて優しくなくなったよね』


そう、昔のシズちゃんは優しかった。
高校に入りたての頃は、大嫌いな俺にすら怪我をしていれば手を差し伸べるくらい甘くて、お人良しで…

「平気だよ。有難うね、シズちゃん」

「………おう」

素直に礼を言えば照れるくらい、扱いやすかった。

わざと顔を覗き込む形で、出来るだけ柔らかに微笑んだ俺は赤くなったシズちゃんの耳を見逃さない。

「…なぁ、なんかお前でかくなってねぇか?」

今更な事を言う男に、そうかなぁ?気の所為じゃない?と適当な返事をしながら俺は笑う。



シズちゃんを殺す為、俺は様々な苦労を重ねてきた。
神様は、苦労人である俺の願いを半分程叶えてくれたらしい。


初めて彼に出会った時、俺は彼を自分の駒にしようと思った。それが出来ないから、邪魔でしかない彼を殺そうと思ったわけだ。



シズちゃんは殺せない。

でも、この甘いシズちゃんなら?
あの学生時代よりも場数を踏んだ今の俺なら?

ああ、もうこれは笑うしか…ないよねぇ?



「ふふっ…」

「怪我して何が面白いんだよ。てか、それ誰にやられた?」

君だよ、なんて言えるわけがない。
それに正確には、未来の君だ。

「忘れちゃった。ねぇ、シズちゃん」

「だからその呼び方ヤメロって言ってるだろ。…んだよ」

つん、と髪をひっぱると子どもっぽい仕草にシズちゃんの顔がちょっと優しくなる。
知ってるよ、シズちゃんは長男気質だから甘えられるのに弱いんだよねー。あと、俺の顔が好きだよね。これも知ってる。不本意ながら何年の付き合いだと思ってるのシズちゃん。って、このシズちゃんとは…んー、ブレザーの汚れ具合から半年って所かな。

「――入学式の時、怪我させてごめんね。俺、こんな性格だから、友達なんて作った事が無くて…どうすれば良いか分からなかったんだ」

「………んで、今更……」

「ずっと謝りたかったんだ。こうやって機会が来るのを待ってた、なんてそれこそ今更過ぎるよね。…ごめん」

ねぇ、シズちゃん怒ってる?と泣きそうな声で尋ねれば、単純明快な高校生シズちゃんは難しい顔をした後に「…別に」と呟いた。

「有難う…。シズちゃんは優しいね。…俺シズちゃんの事、大好きだよ」

「なっ…」

パクパクと口を上下させるシズちゃんの唇の端っこにキスをする。

「だいすき」

もう一度、柔らかい笑顔と共に。








(俺の駒になってくれる君が、大好きだよ、シズちゃん)









――――――

高校生シズちゃんと、23歳臨也さんのお話


作品名:純情高校生と情報屋さん 作家名:サキ