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NYの夜

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「いいんだよ、クラウスには昨日は会ってないから。それにちょっと仕事したら一度帰るさ」
 クラウスに知られなければ何とでもなる。少なくともK・Kは凡その事情を知っている。もう何年も前、お互い若かった頃にへまを踏んだところを助けてくれたのが彼女だ。そのおかげでクラウスに隠れてやっていることを彼女は知っているし、困ってヘルプを頼めば何だかんだいって無下にできない。頭が上がらないのはスティーブンの方だけれど、彼女だってスティーブンの働きがクラウスや組織のためになっていることも理解している。理解しているだけで気に入らないとは言い続けているが。
 温室に臨む窓辺に立つと朝の光が眩しくてスティーブンは目を眇めた。
「朝日の似合わない男ね」
 彼女はスティーブンが何をしたって気に入らないのだ。特に今朝のような闇の臭いべったりで帰ってくる日は。
「いつまでクラッちに隠れてそんなこと続けるつもりなの?昔に比べたらウチの資金源も増えたし仲間も増えたじゃない」
「世界が平和になるまで…かな?アッチの方は僕もいい歳だし、向こうが飽きる頃かと思うけど」
「そんな事情を訊いてんじゃないわよ性悪男!」
「んー、心配してくれるのは嬉しいけど……汚れ仕事はどうしても出てくるもんさ。個人的に恨みを買ってる部分もあるしね」
 ライブラのリーダーは清廉潔白な紳士だ。大きな体で野獣のように見えて繊細で優しく、頑なに正しい。それは一般人の夫と幼い子供を立派に育てているK・Kと比べてもだ。頼もしく美しい。でも、どれだけ強くても真っ直ぐ前に進む駒だけではゲームには勝てないものだ。
「そこまで不器用だと見ていて頭に来るわ」
「不器用だなんて初めて言われたよ」
「何それ自慢?ムカツク!」
 緑と光の中に大きな体と赤い髪が見える。幼い頃見た絵本の中の熊みたいだ。心優しく森で泣いていた子供を助ける熊。
「俺はコレでいいのさ。良心は全部クラウスに預けたんだ」
 好きでもない相手と寝ることには馴れたが、夜明けにはいつも溶けてなくなりたくなる。
 昔訪れた海外で連れ込み宿に窓がないのを見て理由を尋ねたことがあった。その地区の客は売春やワケアリの客が多く、行為の後の自殺が多いのだそうだ。男の部屋から帰る朝にはそのことを思い出す。同時にクラウスの姿を見たくなって、無理やり出勤する。
 眩しく優しいクラウスを見ると、伝承の吸血鬼みたいに陽の光で溶けて消えそうな魂が人の形に戻ってくる気がするのだ。
「その分小狡いことはクラウスの分まで俺が担当する。釣合とれてるだろう?」
 茶化した口調で振り向いた先ではK・Kが背を向けていた。彼女だって愛情深い人だ。クラウス同様光の中で生きる方が向いている。
 温室からこちらに気づいたクラウスが片手を上げたのでスティーブンも片手で応える。そうするとクラウスは微笑む。少し距離があってよく見えないが、それでもスティーブンにはわかるのだ。

 数年後、ニューヨークは霧に包まれた異界との境界“ヘルサレムズ・ロッド”になった。
 元々牙狩り集団であった秘密結社ライブラは改めてヘルサレムズ・ロッドに腰を据え、世界の均衡を保つため異界との境目で活動する組織として動き出した。
 世界の平和に向かって大きな一歩を踏み出すのは、それから更に三年後のこと。
作品名:NYの夜 作家名:3丁目