Vestige
わずかに赤みを帯びた皮膚に指を添え、軽く爪先で引っ掻いてみる。
楕円に近いその形の色は淡い。
それが面白くなくて、僅かでも色づけと願うように、二度、三度繰り返す。けれど変わらない。
もう少し力をこめて、いっそ突き立ててやろうかと不穏な考えが頭を過ぎった刹那、自らの手がもっと大きな掌に包まれて、引き寄せられる。
驚いて視線をずらせば、その先には笑うように和まされた二つの碧。
「ちょっとくすぐったいわ。何してんの、リタ?」
愛称から呼び捨てに変わったその名は、この男の声で紡がれると自分のものであるはずなのにどうしてか居心地が悪い。わずかに気恥ずかしさを覚え、合わさった視線を外し離れようと身じろぎをしたリタの体を、伸びてきた腕が閉じ込めるように抱え込んだ。離して、と抗議の声をあげても、レイヴンは同じ質問を繰り返すだけでリタを繋ぎとめた手を解く気配は微塵もない。リタが本気で嫌がっている訳ではないことを見透かされているのかもしれない。
早々に己を捕らえる腕から逃れることを諦めて、それでも照れた顔を見られるのは癪で、隠すようにリタは不機嫌そうに見えるだろう表情を作った。
「……痕」
「痕? それがどうかしたの?」
「理屈はわかってるのに、うまく付けられないのはなんでだろうって思ったのよ。あんたのは」
あんなにくっきり残るのに。言葉の最後ははっきりと声にするのは躊躇われて、もごもごと口の中だけで呟く。視界の隅で、いっしゅん面食らった表情を浮かべたレイヴンが破顔する様子が見えた。なるほどね、と独り言のように言い、続けて押さえた笑い声が零す。
「まあ、ちょっとしたコツってやつね」
「コツって?」
鸚鵡返しに問うが早いか、肌の上でをちくりとわずかな痛みが走った。反射的に顔をしかめて、リタは漏れかけた声ごと息を呑む。
「なにすんのよ」
「いや、教えてあげようかねと思って。実地で」
「実地って……ちょっと!」
慌てて、今は解かれた男の髪を掴んで引き剥がそうと力をこめる。いたた、と少しばかり情けない声を漏らし埋めていた顔を上げたレイヴンは、不満そうに目を細めた。
「いいじゃない、別に見えるとこにつけてる訳じゃないし」
「そういう問題じゃない!」
「別に見えるところにつけてもいいけどー」
ぐいぐいといまだ引かれる髪も気にせずリタの怒声も何処吹く風、からかうように言葉で遊んでレイヴンは掌を滑らせる。
一瞬普段の自分の服装を思い浮かべ考え込んだリタだったが、レイヴンの科白の指す意味と触れた指の向かう先を悟って、頬に一気に熱が上る。唇を震わせるリタを。憎らしいくらいの余裕に満ちた表情が見上げて。
このドスケベ、と、残響が続くほどの絶叫と共にレイヴンが張り倒されるのは、そのわずか数秒後の事だった。