物語の中だけの存在
昼寝ではないようだから、何をしているのかと思って覗き込めば、何冊かのえほんを眺めているのだった。
えほんというのは未来の子どもの読み物だ。色がついたきれいな絵に物語が添えられている。
我々の主である審神者が気まぐれに持ってくる土産の一つで、子どもたちのお気に入りだった。
読めない文字があると兄たちに尋ね、それでもわからないと文系を自称する歌仙兼定という男のところへ持っていった。最初は大層気をよくしていた歌仙兼定だったが、なにしろ未来と我々のいた時代はとんでもなく離れている。言葉も変わりゆくものだ。答えられず自尊心を傷つけられ、心優しい子どもに謝られては傷を深くしていた。
結局、審神者に教わってひととおり読めるようになった。それぞれ得意のえほんがあって、それを仲間に読んで聞かせるわけだ。
今回は今剣が手を上げて二人の子どもが描かれたえほんを読み始めた。
「へんぜるとぐれいてる」
異国の物語だった。幼い兄妹が迷い込んだ菓子の家で悪い魔女に捕まり、やり返して逃げ出すという筋書きだ。
「クッキーの扉だって」
「この間作ってもらった甘い煎餅だろ。洞窟ぐらいある石窯じゃないと焼けないよ」
「小さいのをつなぎ合わせたんだろ」
「オレ落雁がいいなあ」
えほんの華やかな絵は食べたことのない菓子ばかり。菓子の名前を並べる今剣も「ちょこれいと」がなんだかわからないのだ。
わからない部分はわかるもので埋める。白くて柔らかいらしい「ましまろ」は餅のようなもの、「ちょこれいと」はかりんとうということになった。
空想で誰かの腹が鳴る。我々は食事で力を得る生き物とは違う摂理で存在しているから、餓えはない。餓えはないのに人を模った影響で食事をしないでいると腹が鳴る。
「魔女なら菓子の家を作れるの?」
「魔女ってなんだよ」
「ふしぎなちからをもったひとのことです」
「それって大将のことじゃないか」
みんな愉快そうに笑って「主君ならほんとうに作れそうだよ」と頷いた。
おしゃべりの合間を縫って朗読を続けていた今剣が頁をめくり、泣きながら娘がかまどに火を焚いている場面にさしかかった。
「まじょはいいました。“はやくしないとおまえもあついかまにほうりこむよ”」
それいきいて、それまで静かだった小夜左文字が口を開いた。
「熱い釜で溶かされてしまうの?」
水を打ったように静かになった。人の姿ではしゃいでいても元は玉鋼を熱して鍛えて造られた短刀だ。魂が宿ったのは鍛え上げられてから随分経ってからだが、鍛刀場の赤々とした光は少しばかり怖い。
浮かれた甘味の話から一転。空気の重くなった座敷の襖が開く。
来訪者はえほんの魔女、ではなく審神者。
いつも無邪気に歓迎されるはずの子どもの群れに、一様にして怯えた眼差しを向けられたのであった。