in沖縄
最終回のその後のお話。
「よし、部屋戻るか…」
日の出の時間から、海の近くで騒ぎあっていた2人は、緊張や疲れもあってか言葉少なになっていた。
そして、頃合いをみて馬村が言うと、すずめはすでに膝を抱えて寝息を立てている。
(やっぱりな…)
フッとため息をついて薄く笑う。
きっと夜の最終の飛行機で、沖縄に戻ってきたのだろう。
(俺に会いに来てくれたんだよな…)
明日の朝の飛行機でもよかったはずだ。それでも早く会いたいと思ってくれたのだろうか、と考えると際限なく愛おしさが溢れてくる。
寝ているすずめの髪を優しく梳くと、気持ち良さそうに膝に頭を擦り寄せる。
その時聞いたことのある声が、どこからか聞こえた。
周りを見渡すと、ホテルのベランダからゆゆかが手を振っているのが見える。
声が届かないのか、身振り手振りで何かを伝えようとしていた。
しかし手招きしていることしか伝わらず、とりあえず呼んでいるのは確かのようなので、寝ているすずめを抱きかかえてホテルに戻ることにした。
エレベーターを降りると部屋の前でゆゆかが待っていた。
「朝っぱらから、ラブラブラブシーン拝ませてもらったわ…オメデトウ。心配して損した。」
「…見てんじゃねーよ」
「それより!そこのイモ女は寝てるようだけど、馬村くんも寝てないでしょ?2人でこの部屋使っていいわよ。私朝ごはん行ってそのまま出掛けるから」
ニヤリと笑ってそう言うゆゆかのことを、出会った頃より大分好感を持っていることに気がつく。
「あ、ベッドは手前だからね!間違っても私が使ってるベッドでエッチなことしないでよね!」
「…っ、はあ!?」
「同室の男どもにはテキトーに言っておくから!じゃあねごゆっくり〜」
嵐のように喋って唐突にいなくなるところなんかが、すずめとそっくりで類友か…と妙に納得してしまう。
どうやら部屋に居たのは、ゆゆかだけのようで、鶴谷たちは先に部屋を出ていたようだ。
すずめを抱き上げたままだったため、さすがに手が痺れてすずめをベッドに下ろし、横に腰掛ける。
その振動で微かに身じろぐと口をモゴモゴさせている。
「う…ん、ん…」
すずめが、自分を好きだと言ってくれたのが夢のようで、身体は疲れているはずなのに、まだ眠りたくないと思ってしまう。寝て起きたら、自分の都合のいい夢だった、なんてことかもしれない。
「ま…むら…?」
夢現つで、目を覚ましたすずめが、場所を確かめるように周りを見渡す。
「もうちょっと寝とけ…疲れてるだろ」
「…うん、馬村も…寝よ…」
完全に寝ぼけているのか、すずめは馬村の腕をベッドに引っ張ると、バランスを崩した馬村はそのままベッドに倒れこんでしまった。
「うわっ、おまっ」
当の本人はまたムニャムニャと口を動かし寝息を立て始める。
すずめが眩しさから目を覚ますと、目の前からいい香りがしてくる。
もっと嗅いでいたくて、顔をそれに擦り寄せると、ギュッと身体を抱きしめられた。
覚えのある香りに顔を上げると、整った顔が目の前にあった。
(寝てる顔…初めて見た…)
どうして馬村が隣で寝ているのかとか、どうやってホテルの部屋まで来たのか、色々と考えることはあるはずなのに、そんなことよりも初めて見た馬村の寝顔が可愛くて、ずっと見ていたい気持ちになった。
抱きしめられたまま、ちょんと鼻をつついてみると、寝ていた馬村の目が薄く開いた。
「あ…起きちゃった…おはよ」
目の前にすずめの顔があることに、よほど驚いたのかすずめを抱きしめていた両腕を慌てて解くと、ホールドアップの形を取った。
「…はよ…」
すずめは少し名残惜しそうに、腕をさする。
(俺…いつの間にか寝てたのか)
「馬村…もうちょっと…」
もう少しだけ抱き締めててほしくて、顔を見るが、お互い真っ赤に染まっていて目を合わせることが出来ない。
「も、もうちょっと…もうちょっとで、お昼だよ!お昼…お昼どうする!?」
切り替えるように慌てて、ベッドから降りようとするすずめを、馬村は後ろから抱き締めた。
「…っ、ま…むら…」
名残惜しかったのは馬村も同じだったようで、それだけで心が落ち着きを取り戻した。
「好きだ…」
耳元でそう囁くと、抱き締める腕に力を込めた。
すずめは、腕にコツンと頭を乗せる。
「うん…私も…」
人生で2度目となるキスは、1度目よりも長く、唇が離れてしまいそうになると、どちらからともなくまた唇を合わせた。
携帯の着信音で我に返った2人は慌てて身体を離す。
自身の携帯電話を見ると、ゆゆかからのメールだった。
そろそろ部屋に戻っていいかという内容に苦笑しながらも、お昼を食べに行くことを伝える。
「ゆゆかちゃんたち、戻ってきて下でお昼食べてるって…。犬飼くん達も一緒みたいだよ?」
「あぁ。行くか。」
犬飼は、空気を読むことに長けている…とつくづく思う。
みんなでいる場所に、馬村とすずめ2人で行っても、茶化すようなことは決してしない。
猿丸には絶対に何か言われるだろうと覚悟していたのだが、前以て犬飼が何らかのフォローをしておいてくれたのだろう、特に何も言われることはなかった。
ただ、食事がくる前に紙ナフキンを渡され、犬飼に耳打ちされた。
「与謝野さんのリップが移ってるから、取っておいた方がいいよ」
この友人には一生敵うまい。
fin