夕日の毛布
幽は、子供の頃のように、兄の傍らに横になり、その寝顔を見、呼吸の音を聞いていた。
兄はじっと目をつむっていた。何があったのか、一目でわかる。ぼろぼろの姿。
幽は手を伸ばし、兄の手にふれた。兄は深く眠っている。指を絡めていると、泥のようにこぼれ落ちてしまうようなはかない心地がした。更に、もっともっと指を絡めた。よく形の似た指は、複雑にからみあって簡単にほどけない。
いつのまにか兄は目を開けていて、天井の木目へ視線をとばしていた。夢の中に何かを置き忘れてきたように、目の中はからっぽで、瞼を開けていても眠っているように、何も見ていなかった。俺が指を絡めていても、何も言わなかった。俺は更に手をとり、口元に運んだ。くちびるで指をなぞり、それから舌を絡めた。兄からは、神経質に手を洗ったあとの、清潔なにおいがしたが、その奥に、埃や血の暴力的な気配がした。
窓にさしこむ光の角度が少しずつ変わっていく。幽はただ兄の右手だけを口の中でもてあそびつづけた。兄は動かぬ人形のようにじっとして、ときどきは瞬きをした。ふたりで西日の毛布にくるまって、幽は兄の手と指を、いつまでも弄っていた。
やがて幽が口から離すと、兄は俺の唾液でべたべたになった指先を、目の先にもっていった。指先がぬらぬらと赤くひかっていた。すっと目を細めて、自分の手を眺めて、吐息のようにつぶやいた。
「赤ぇ……」
指先だけに赤と温みだけを残して、夜がしのびこんできた。幽はまた兄の手をつかみ、指を絡め指に絡み、口に含み舌をからめる。夕日の毛布をはぎ取られ、ゆっくりと冷えていく部屋の中で、幽はいつまでも飽きずに続けていた。