サクラサク
すずめ、馬村高校2年生。
すずめ達2人の淡い恋の話と、すずめのことを見つめることしか出来ない高校1年生の里村くんのお話。
何か希望を持って選んだ学校ではなかった。
ただ、家から1番近い高校だったから。
勉強もそこそこで、ただ制服がかっこいいとか可愛いとかで人気があるだけの学校。
自分が選んだ学校のイメージはそんなところだ。
入学式の朝までは、ずっとそんなことを考えていた。
「入学式長かったな〜もうマジ校長の話いつ終わんだよって感じ!」
入学式が終わり新入生たちが教室にゾロゾロと戻る。
「なぁ、あの人…」
「勇気あんな…」
里村の前にいたグループが、ヒソヒソと話しているのが聞こえた。
何となく前を見ると、今時珍しい二つ分け三つ編みの女がオニギリを食べながら、体育館へ向かっている。
その後ろから物凄い美少女が罵声を浴びせながら歩く。
どうやら先輩が入学式の後片付けをするらしい。
「ちょっと!すずめ!あんた少しは恥じらいってもんを持ちなさいよ!」
美少女が、三つ編みの女に話しかけるが、それを軽く聞き流しスタスタと体育館へ入っていく。
(名前がすずめ!?しかもオニギリ!)
(しかも、今どき三つ編み!?)
里村大毅は、勉強もスポーツも一通り教えられれば器用にこなすタイプだが、その分飽きるのも早く、付き合った彼女も長続きした試しがない。
(この学校…面白いかもな。しばらくの暇つぶしになりそう)
肩を震わせて笑いながら、去っていく後ろ姿を見送る。
周りからは、強面、チンピラ、子分など意味不明なあだ名をつけられている里村だが、笑うと子犬のようで可愛いと中学では一部の女子に人気があった。
あの人かっこいいね、と入学式でも囁かれていたことを本人は知る由もない。
教室に戻ってからも、肩を震わせて笑っている里村のことをクラスメートたちが何事かと見ている。
「え…と、名前…、里村くん?大丈夫?」
隣の席に座った女子が話しかけてくる。
「え?あ、ごめん、ごめん!さっきの人ほんとツボった!」
思い出したようにまたお腹を抱えて笑いだす。
「あぁ、あの女の先輩?変わってるよね」
「あぁ、めちゃくちゃな」
三つ編みオニギリ女の名前が、与謝野すずめということは程なくして知った。
いつも、美少女と噂される猫田ゆゆか先輩と一緒にいることや、校内探しても三つ編み女子などほぼいないことや、オニギリを食べながら登校することは日常茶飯事なことで、なかなか有名らしい。
里村も、こんな学校とバカにしていたが、授業内容もレベルが低いわけではなく、むしろ教え方のうまい先生が何人もいることで勉強にも身が入る。
最近の楽しみはもっぱら与謝野すずめの観察だが。
(新しい友達も出来たし、この学校で良かったかもな)
「里村〜おはよ!」
「あぁ、はよ…」
下駄箱でクラスメートに声をかけられる。
「今日、部活動紹介だってな。おまえ運動系?」
「ああ、そういやそうだっけ…。中学まではバスケ部だったけど…別に入らなくてもいいかな」
高校に入ったらバイトを始める予定だった里村は、部活にはあまり関心がなかった。
「俺もバスケ部だった!仲間じゃん!ここ結構強いらしいぜ?」
「へえ、そうなんだ?じゃあ体験ぐらいは行くかな…」
里村は友人と一緒に廊下を歩いていると、階段を駆け下りてきた女生徒とぶつかる。
「う、わっ!」
「あっ、ごめん!」
女生徒は体格のいい里村の胸に飛び込む形となり、それをキャッチするために、里村は肩を掴んだ。
顔を上げごめんと謝った女生徒がすずめでなかったなら、もっとスマートに対応出来ていただろう。
三つ編みオニギリと笑っていたすずめは、何故か今日は髪をゆるく巻いて、化粧もしているようで、想像とのギャップで、里村は顔が赤くなる。
「よ、与謝野先輩…?」
「え…はい…。あっ、ほんとごめん!前見てなかったよ!」
「いえ、俺は大丈夫ですけど、むしろ先輩のが大丈夫ですか?」
「里村〜?何してんの?もう部活動紹介始まるよ」
友人に声を掛けられ、慌ててすずめの肩に置いた手を外す。
「新入生?頑張ってね〜」
そう言って、笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でられた。
何事もなかったように、廊下を歩いて行ってしまう。
その後を追いかける1人の男子生徒がいた。
「おまえは…だから、走るなって言ってんだろ?」
「しょうがないじゃん〜時間がなかったんだから…ちぇーだ」
里村がスポーツマンタイプなら、どちらかというと文科系、体格はいいが腰の細いイケメンだ。
すずめの隣で笑う男を見たとき、何故かは分からないが胸がチクリと痛んだ。
「おまえ…今日ずっとそれでいるつもり?」
馬村に彼女のフリをしてあげようと、化粧までしたのに、それを断った男は何が気にくわないのか、髪の毛結べば、などと言ってくる。
「なんか、変?だって…クレンジング、家じゃないとないし…髪の毛はせっかくゆゆかちゃんにやってもらったし」
「変…とかじゃないけど」
(さっきの男も見惚れてただろうが…)
その言葉を飲み込んで、すずめの手を引っ張る。
「ほら、さっさと行くぞ」
「ちょっと…馬村…」
繋がれた手が、汗ばんでいるような気がして、顔が熱くなる。
手を繋ぐと、着痩せするのか細いように見える馬村も、ゴツゴツとして骨張った手が、やっぱり男の人だと感じられて、余計に緊張してしまう。
(なんでか…離して…って、言えないし…。あのお祭りの時は言えたのにな)
手を引く馬村も、やはり顔は赤く、繋いだ手の伝わってくる体温が、馬村の体温をさらに上げる。
強く握ったら壊れてしまいそうな、華奢で小さな手を優しく包む。
(もう少しだけなら、このままでいいか)
2人が同じ思いを抱き、体育館までの短い時間、お互いの体温を感じる。
「なぁなぁ知ってる!?あのオニギリの先輩!馬村先輩の彼女らしいよ」
里村大爆笑してただろと言われるが、そんなことよりも、やっぱりあの時のあの人と付き合っていたのかということに、ショックを受ける自分がいた。
馬村のことを里村は知らなかったが、直感であの時隣にいた男だということがわかる。
(俺が、与謝野先輩の肩を掴んだ時、すっげぇ睨んでたもんな…)
「馬村先輩超カッコいいのに、勿体無いよなぁ〜。よりどりみどりだろ」
きっとこの恋は成就することはないと思うが、出来れば、他には誰にも気がついてほしくはない。
きっと、馬村先輩は1番早くに気がついたんだろうけど。
あの人が笑うと可愛いところ。
いつも一生懸命なところ。
きっとそのうち忘れられる。
だって飽きっぽいから。
その時まで、密かにあなたのことを好きでいさせてください。
fin