桜の幻想 第四話(薄桜鬼 風間×土方)
あの幻想の夜から何日経ったのだろう。
いや、何週間…何カ月、か。
あの夜以来、俺は一度たりとも奴と会っていない。
…きっと、もう会うことはないだろう。
そう思いながら、屋敷内の窓辺からいつものように外の景色を眺めていた。
スッ、と、目を閉じる。
『ふ、ぁ…風、間ぁ…っ』
瞼の裏に焼きついて離れない、あの夜の奴の姿。
熱のこもった吐息。
俺を呼ぶ声。
―…愛おしい。
この気持ちがここまで大きくなるなど、考えてもいなかった。
奴は今、何をしているのだろう。
どこにいるのだろう。
何一つわからない。
新選組の情報を耳に入れないようにしてきたからだ。
奴らの動きを知ってしまうと、あの男のいるところがわかってしまう。
…土方のもとへ、行きたくなってしまう。
ふうぅ、と、深いため息をついた。
「…またここでしたか」
「っ!?」
ビクン、と、体が跳ねあがる。
勢いよく背後を振り返ると、そこには天霧がたたずんでいた。
俺ともあろう者が、全く気付かずにいた。
「あなたにしては珍しい反応だ。悩み事に集中し過ぎて気配すら感じなかった、と…?」
「…黙れ」
天霧の言っていることが的を射過ぎていて、妙に腹立たしい。
きっと、こいつには全て見透かされているのだろう。
「いいのですか?」
「何がだ」
「………」
沈黙が流れる。
物言いたげな天霧の視線に気づかないふりをして、外を眺め続けた。
何がだ、だなんて。
こいつの言いたいことなんて聞き返さずともわかっているのに。
ただ、言わせたくなかった。
聞きたくなかっただけだ。
「本当に、あなたって人は…」
はぁ、と、天霧のため息が聞こえた。
そして、しっかりと俺を見据え、続ける。
「…薩摩への協力態勢は、もう終いです。我々は薩摩に十分な恩返しをしたでしょう。これ以上の手助けは無用のはず」
バッ、と、天霧に振り返る。
断固として視線を合わせまいと逸らしていた目が合った。
「それから新選組の動きですが、新政府軍に対して勝機はなく、勢力は縮小傾向にあるらしい。そのまま会津と合流後、蝦夷地に向かったようです」
話が淡々と進められていく。
薩摩への援助は終い。
新選組の動き。
蝦夷地。
いっぺんに入ってきた情報が脳内で交錯している。
話が見えない。
「待て、天霧。何が言いたいのだ」
俺が問うと、スッ、と目を細め、天霧は言う。
「…新選組はその蝦夷地を、最後の戦いの場とするそうです。己の背負った『誠』の文字を貫き通すために」
心臓が跳ねる音が、俺だけに聞こえた。
最後の戦い。
勝機のない相手と戦う時に用いる『最後』とは、つまり。
「…『誠』を貫き、その地で果てる、と…?」
武士の誇りを持って果てる。
土方はそこで…蝦夷地を最後に、死ぬ気なのか…。
土方が…死ぬ…。
―…モウ、ニドト、アエナイ…。
「今の話を聞いたうえで、後はあなたの好きにすればいい」
天霧の言葉で意識が現実に帰ってくる。
「…どういう意味だ」
俺が言うと、これまでに一度たりとも見たことのないほど、優しく柔らかな微笑みを見せ、天霧は言った。
「前に一度言ったでしょう。あなたは少し素直になるといいだろう、と」
―…そういうことか。
天霧は最初からこのつもりだったのだ。
『あなたの望むままに行けばいい』
視線を通じて伝わってくる言葉。
心が温まる、とはこのことを指すのだろう。
切実にそう思った。
「…天霧…恩にきる」
天霧は答えずに、温かな視線で俺の目をしっかりと捕え、ゆっくりと頷く。
余計なことは言わない。
そんな心遣いがありがたいと思った。
天霧らしい、素朴な中の大きな優しい心に触れた気がする。
そして、その優しい、柔らかな眼差しに背を押され、俺は駆け出した。
遠く離れた蝦夷地。
土方のもとへ。
作品名:桜の幻想 第四話(薄桜鬼 風間×土方) 作家名:トト丸