桜の幻想 第五話(薄桜鬼 風間×土方)
~土方side~
―パアァン…
―ぐわああぁっ…
―ザシュ…
―引け…引けぇ……撤退だああぁ……
―パァン…パァアアン……
―ひいぃ…ゃめ…助け……ぁぁぁぁ………
「局長!あまりに分が悪い!!この場は引きましょう!!」
「わぁってる!おい聞けぇっ!!全軍一時撤退だ!散れええぇっ!!…島田っ、そっちは頼んだぞっ」
「任されました!…局長も、どうかご無事で…っ」
「ったく…こんな時まで局長だなんて呼ぶんじゃねえよっ…。…島田、生きて戻ってこい。局長命令だ」
「…っ…はいっ!必ずやっ!!」
部下達に撤退命令を伝令している島田を見やり、俺もその場から引くことに徹する。
わかっていて臨んだ戦だが…こうまで分が悪いとな…。
チィ、と低く舌打ちをする。
何もできないままこの戦を終わらせるわけにはいかない。
俺の…俺達の想いを…信念を…『誠』を、ここに刻みつけるまで。
その時まで俺達は終わってしまうわけにはいかないのだ。
『己の信念のために負け戦を続けるか…。ふん、愚かな人間共よ…』
ふと、いつだったか言われた言葉が、ふいに脳裏によぎる。
その瞬間、全力で駆けながらも、フッ、と苦笑いが零れた。
俺はこんなところに来てまであいつのことを考えてんのかよ…。
己の意志の弱さにほとほと愛想が尽きる。
もうあいつのことは考えまいと、一言も言わずにこんな北の大地までやってきたのに。
気がついたら頭の中にあいつがいる。
もしかしたら、と周囲を見渡している自分がいる。
あいつともう一度…もう一度でいいから、『会いたい』と願っている俺が、ここにいる。
―…願うだけなら、許されるよな…。
心の中で呟く。
俺はあの空に誓ったのだ。
あいつと…風間と再会するその日まで、俺は自分の涙を守り通すと。
再会を必ず。
もう一度、心の中で呟いた。
「そこの者、止まれぇぃ!」
「貴様、敵兵か!?」
「待て!…こいつは…新選組局長の土方だっ!!」
―もう追い付かれたか。
瞬く間に敵衆に囲まれた。
ザッと見積もっても50はいる。
相手は少数の刀に、多勢の銃。
状況は至って厳しい。
―畜生…っ。
「銃兵、構え!」
―…俺は…。
「狙いを定めろ!」
―…あいつと会うまで…。
「全員、打てぇ!!」
―ドクン!!
「死ぬわけにはいかねえんだああぁぁぁっ!!!」
―パアァン!パァン、パァアアン!!
銃声とほぼ同時に、俺の髪は白く、瞳は紅く染まった。
ズブリ、ズブリ、といくつかの銃弾は当たったが、すぐに治癒能力が働く。
「な…っ、銃が効かない!?」
「そんな…ぎぃあああああああ!!」
―ザシュ…!
「がああああ!!」
―ブシャアア…!
「ひいぃ、助け、助け…ぐわああぁ!!」
―ビシュン!
「なんだ…なんなんだ…化け物か、こいつ…!?」
みるみるうちに数が減っていく。
残りは…20くらい、か。
しかし、自分の傷も考えると、容易い数ではない。
数が多すぎて、傷の回復よりも傷をつけられる方が早いのだ。
これ以上血を流すと、まずい。
「ひっ…ぜ、全軍!一時撤退!!引け、引けぇ!!」
俺がそう思った矢先、俺の異常さに怖気づいた指揮官が撤退命令を出した。
こちらとしてもありがたいものだ。
あっという間に敵衆は引いていく。
その場に一時の静寂が流れた。
「…っ、ぐぅ…」
―しまった…。
最後に銃を撃った奴の銃弾が、どうやら銀の銃弾だったらしい。
肩の傷口だけ、血が止まらない。
さすがに血を流し過ぎている。
立っていられない。
しかしここで倒れてはいけない。
さっきの撤退した軍が援軍を呼んで、俺を始末しにくる可能性があるからだ。
重い体を引きずるようにして、歩きだす。
羅刹の吸血衝動ほどではないが、呼吸が苦しい。
―羅刹の力、使い過ぎたな…。
まだ灰になってくれるな、俺の体よ。
まだ俺は消えちまうわけにはいかねえんだ。
風間と、もう一度会うまでは…。
「…っ、と…」
突然の突風。
終始下を向いて歩き続けていたが、腕で顔を庇い、目をつぶる。
ようやくおさまり、歩き続けて初めて顔を上げた。
「…ここは……」
そこにあった光景に、思わず目を見張る。
満開に咲き誇る、一面の桜。
突風によって吹き上げられ、ハラリ、ハラリ、と散りゆく桜吹雪。
自分のおかれている状況も忘れ、つい見とれてしまった。
―…そういえば…。
ふと、自分の刀を見る。
刀の鞘に結んである、俺の瞳と同じ色の紐。
あいつが置いていったものだ。
髪を切ってからは、ずっとここに結んである。
共に在れるように。
共に戦えるように。
そんな馬鹿みたいなことを思いながら。
この髪紐の柄も、桜だ。
視線を桜の風景に戻す。
「…っ…ぅ…?」
視界にある桜吹雪がぼんやりと霞んだ。
地に手をついたが、支えきれずにそのままズルズルと桜の木の幹に背を預け、倒れ込む。
肩の傷口からドクドクと血が溢れている。
血が足りない。
だが俺は曲がりなりにも羅刹だ。
少し休めば…きっと…。
自然と瞼が落ちてくる。
それに抵抗する力は、俺に残っていなかった。
俺の目が閉じきる直前。
俺の視界に映っていた風景の中で。
風間の姿を見た。
そんな気がした。
作品名:桜の幻想 第五話(薄桜鬼 風間×土方) 作家名:トト丸