二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

本日の遅刻につきまして

INDEX|1ページ/1ページ|

 
 電話がかかってきたのは十二時頃でした。もうすっかり風呂にも入ってしまって、寝てしまおうかと考えていたところです。少しだけ嫌な予感がしました。真田は滅多なことがない限り、こんな時間に電話をかけてくるような男ではありません。つまり、その滅多なことが起きたのでしょう。僕は座椅子の上で震え続けている携帯電話の前にしばらく躊躇しました。こんな時間であるので、もう寝ていたと言っても後から責められることはないでしょう。
 結局僕は電話をとりました。彼も、おそらくこの電話の元凶となっているだろう男も僕の親友であることに変わりはありませんし、僕が彼らに助けられたことも過去に、まあ、少しはありますから。
 通話ボタンを押すと、恐ろしく低い声で真田が夜分にすみませんと言って寄越しました。これはそうとうキテいる声だと僕は判断し、時計を確認しました。十二時十分。早く切り上げられたとしても一時間や二時間はかかるでしょう。明日は、一コマ目から講義が入っています。
 なにがあったかを問うと、わずかな沈黙の後に政宗殿が!と真田が叫びました。常日頃から声の大きいあの男が叫ぶとなるとそれはもう凄い音量です。僕は少しだけ顔をしかめ、彼のアパートの隣人について思いました。僕は声の大きさのことについて彼をどうにかたしなめ、続きを促しました。
 それから真田の語った話は、まあ、予想の範囲内でした。僕からしてみれば他愛のないことであるのですが、彼にとってはそうではないのでしょう。しょうがないことです。彼らの間にはどうしようもできない、彼らもどうにかしようと思っていない壁が確かに存在していますから。
 伊達の、その彼のいう政宗殿のことですが、彼の実家は仙台にあります。春休みですし、彼は実家に帰っていたのでしょう。さらに言うと今年はパリーグもセリーグも例年より早い開幕でしたから、実家にいるうちに本拠地試合を見に行きたいと考えるのも自然なことでしょう。本拠地試合を滅多に見られないというのはヤクルトファンの真田や、ハマファンの僕にはない悩みです。
 伊達がKスタでの西武戦を見に行ったということは本人から聞いていました。先発はあのエースで、しかもサヨナラ試合でしたからそれはもう彼が嬉々として語っていたのを覚えています。僕は知っているのはそれだけでしたが、それに同行者がいたというのです。写真を見せられましたと真田は言いました。それぐらい誰だって撮るだろうと僕が返すと、伊達と、知らない男と、幼いこどもが球場を背に三人で写っている写真だというのです。
 ……そこまで聞いて絶句しました。くだらねえと吐き捨てることは出来ましたが、そこはぐっと我慢して、僕はもう一度時計を仰ぎ見ました。十二時四十分。うまくゆけば一時ごろには眠れるかもしれません。
 僕の長い沈黙に、真田は少し落ち着きを取り戻したようでした。僕は、地元ならば古くからの友人もいるだろうし、一緒に球場に観戦に行ったって不思議じゃないこと、特に幼いこどもがいるのならばなおさらだということを伝えました。ちなみにその男は誰なのか訊いたのかと問いかけると、いいえと返ってきます。訊くのが恐ろしくて……。そんなことを言うものですから、僕はちょっと笑ってしまいました。
 伊達と真田はそういう仲です。笑ってしまうことに、彼らが付き合う前に双方からそういうことで相談を受けていました。去年の交流戦でヤクルトと楽天の試合があったとき、真田からはこの試合でヤクルトが勝ったら伊達に告白すると僕に宣言してきましたし、伊達は伊達で、一緒に観戦するために真田を家に誘おうと思うと言ってきました。結局その試合はヤクルトが勝って、そのあと二人がどうなったか詳しくは知りませんが、そのあとの二人を見ればおのずと知れるでしょう。あれから二人で球場に行ったりもしたようですし、家で一緒に観戦するなんてことはしょっちゅうだったようです。
 浮気だと考えているのかと僕は真田に問いかけました。真田はぐっとうめいて、小さな声でそういうわけでは……と言って寄越します。羨ましかったのかと問いかけると、今度は、少し晴れた声でそうかも知れませぬと返ってきました。
 ここまでで十二時五十五分でした。正直睡魔で限界です。この日もバイトで遅かったのです。痴情のもつれに長いこと付き合っている暇は正直ないのです。写真ぐらい何枚だって撮れるだろうし、それよりもっと凄いことしてるんじゃないのかと言うと、真田は少し動揺したような声で、すすす凄いことなど!と叫びました。とりあえず落ち着きを取り戻したらしい真田は、それから小さな声で夜分に申し訳なかったことを詫びて、ぷつりと電話を切りました。画面をまじまじと見つめて、一息をつきます。待ち受け画面に戻ると、LEDライトが光って着信を告げていました。……嫌な予感は的中しました。画面は伊達の名前を表示しています。
 そういうわけです。そのあとたっぷり二時間半の電話に付き合わされて、寝入ったのは四時頃でした。遅刻の言い訳にはなりませんが、情状の余地はあると思いませんか。