宅配ピザ
「アイツの爆弾と言えば、前回は地形が変わるほどの騒ぎだったじゃないか。今回はどこに」
「それが、近所のピザ屋のバイクの一台に……」
嫌な予感がして身構えた。大体こういう予感は当たるのだ。
「店の名前は」
「ドギモピザ。すぐに警察が店舗に待機しているバイクを調査しましたが、全てはずれで、配達に出ているのは一台だけだったそうで、それに乗っているのが……」
「いい。もうわかった」
愛用のカップを机の端に置いてパソコンでGPSマップを表示させた。そこには爆弾の在り処、もとい、不幸なピザ配達員の所在が映っている。
今日は生存確率が低い通りが多かった。そういう日の配達は面倒だ。通れる道を選んで経路設計をして、必要なら遠回りする。今日はとんでもなく遠回りせねばならなかった。直線距離は大したことないのになかなか着かない。道が空いていることだけが救いだ。
目の前の信号がちょうど青に変わるところで、前の車両に続いてほとんど減速せずに交差点を通過する。今日は青続きでラッキーだ。だからといってすぐ着くわけではないんだけど。そういうささやかな幸せを見つけて生きるのが小市民の身の丈に合っている。
無駄な遠回りドライブもそろそろ終わり、目的の家が近づいてきた頃に荷台が軽く傾いた。後ろ側に。
ミラーで確認する。黒いパンツスーツ姿の少女が平然と立っていた。そんな気はしました、チェインさん。だけど急に現れるのは驚くので勘弁してほしい。
「どうしたんすか」
「このバイク、爆弾が仕掛けられてるから」
「ハ?」
「一度走り出したら次に後輪が止まった瞬間にドカン。火力は半径十メートルの地面を掘り起こす程度かな」
「え、ちょ、待って待って待って、次に止まったらって信号も?一時停止も?」
確かに今日は偶然に偶然が重なって、信号にもチンピラ同士の争い事にも捕まらずに走り続けてたんだけど。
「とにかく、何があってもバイクを走らせ続けてくれるようにって」
そっと耳にインカムをセットしていってくれた。手つきは優しかったけど全然優しくない。だって用事を終えた途端に十メートル圏外目指して全速力で逃げて行ったので。
「うわああああ――――!どうしろってんだ―――――!!」
半狂乱で叫ぶ。とにかくバイクを止めてはいけない。赤に変わりそうな黄色信号に滑りこみ、予定していた配達先の前を通過して大通りに出る。車で込み合う通りを車線変更を繰り返し、車が詰まり出したところで半泣きで横道に入った。すり抜けられないレベルの渋滞にハマったら最後だ。
何でも見通す神々の義眼を活用して視覚になった進路を確認する。バイクで通れそうな道を選んで右折、左折、また右折。
速度を控えめにして時間を稼ぎながら、とにかくノンストップで走り続けた。
「クラウスさん、たすけてクラウスさ――――――んっ!!!」
他力本願がどうとかはこの際仕方ない。だって自力で爆弾を解除することは実質不可能なのだから。まあ、それを言えば我らがリーダーも爆弾解除などという繊細いな仕事ができるわけでもない。いや、器用なのだが、戦いにおいては基本力技だ。その点では手よりも器用な血を枝状に伸ばしてなんでもこなす先輩の得意分野なのかもしれない。
「ざ、ザップさ――――――――んっ!!!」
走馬灯の如く脳裏を駆け抜けていく思い出。ピザを配達に行った先がヤツの愛人宅で、ピザだけ強奪されてお金を取れずに泣いて帰った数々の日々。見かねた下着姿の愛人がチップを恵んでくれたこともあった。今こそ配達先で待ち受けていてほしい。玄関先で、近くの路上で、二回の窓から飛び降りて、足元のマンホールから。どこからでも構わない。颯爽と現れてこのバイクのどこかに仕込まれているという爆弾を起爆させずに取り外して10メートル以上先のどこかに葬り去ってくれ。さぁ!さぁ!
そんな風に願っても来ない。基本そういう人だ。他人のことは嫌がっても巻き込むくせに、自分の得にならないことと思えばあっさり見捨てる。確実に解除できるかもわからない爆弾解除に乗り出してくるとは思えない。
一度限り名前を読んでみたものの案の定というか当然というか、姿かたちも見えない。そもそも、インカムをつけられたから何か来ると思っていた指示が一つも来ない。いつもなら陣頭指揮を執っているスティーブンさんから冷静かつ非情な命令が下っていてもおかしくないのだが、そもそも今何かを命じられても出来る気がしない。止らず事故らず走り続けるので精いっぱいだ。止っちゃいけないと思うと緊張で手元が怪しくなって、冷静にやれば簡単に回避できそうな場面も紙一重のところでやっと回避するようなありさまだった。
何かやれと言われても多分できないけど、自分の頭で妙案が浮かぶわけでもない。なんとか、なんとかしてほしい。
「何か言ってくださいよ、スティーブンさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
『やっと呼んだな、少年』
気が付くと事務所入り口に近い通りだった。
『次の信号を左折だ』
無我夢中で指示通りにハンドルを切った。
『アヴィオンデルセロアブソルート』
インカム越しの声とほぼ同時に路面を捉えていたタイヤが空回りし始め、一定の速度で視界を流れ続けていた景色が止る。足下の地面がツルツルに凍りつき、ちょうどタイヤの下に出来た溝にはまって、タイヤは回るが前へは進めない状態になっていた。確かにバイクは走り続けているが、実際は進んでいないからバランスが取れなくなる。横倒しに傾いてマズイ、と思った身体をネクタイをした胸が受け止めた。いや、胸の下あたりだったかもしれない。相手は足の長い人だったので。
「ザップに次いでの三番目とは遺憾だね」
片手でバイクを支え、完全に僕がバイクから離れたところで片足でタンと地面を打った。途端にタイヤとタイヤの間の地面から生えた氷柱が車体を浮き上がらせる。タイヤの回転は邪魔していない。氷のバイクスタンドってわけだ。
やっとの思いでバイクから命あるまま降りることが出来たが、心臓はまだバクバクいっている。肩で息をする、その背中を救世主が宥める優しいリズムで叩いた。
「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った……」
「無事生還おめでとう」
「そんな呑気な……っつか!インカム繋がってたならもっと早く助けてくださいよ!指示とか!散々わけのわからない道を走り回っちゃったんですからね!」
助けられておいて厚かましいことだが、命が助かって安堵した途端に無言で放置された心細さが押し寄せてきた。
「だってクラウスは不在にしてたし、ザップも面倒事は御免だって言うし」
「なっ」
「真っ先に俺を呼んでおいたらよかったな」
最初から聞いていたくせに、指名するまで様子を見ていたなんて意地が悪い。背広を掴んだままずるずるとその場にへたり込んだ僕のヘルメットの上に、全く悪気のなさそうなたちの悪い笑い声が響いた。