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カレイドスコープ

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商店街の一角でレオナルドは足を止めた。
 雑貨店のショウウィンドウに色とりどりの丁字型のアイテムが並んでいる。
 一歩先で振り返ったクラウスも、少年の肩越しにそれを見つけて、大きな背中を丸めて覗き込んだ。
「ああっ、すいませんクラウスさん!」
 勝手に一人で立ち止まってしまった。この先に店を構える時計屋に修理に出している懐中時計を引き取りに行く途中なのだ。暇だからといってついてきたのは自分なのに。
 慌てて歩き出そうとする少年をクラウスが片手で制止した。
「まだ時間に余裕はある。少し寄っていこう」
 ガラスにへばりつかんばかりの様子に、レオナルドは素直に頷いた。
 意外と子供っぽいところのある人だ。店に入るなり一直線にそれのコーナーに向かっていった。透明やスパンコールの輝く、カレイドスコープの売り場に。
 キラキラした模様の筒の片端に横向きの穴が貫通していて、そこに両端が底の試験管のような、透明のバーが刺さっている。透明のバーの中に水とラメや星型のスパンコールなんかが入っていて、筒をくるくる回して透明のバーの上下を入れ替えると、重力に従って中の飾りがゆっくり降ってくる。それを反対側の端に空いた穴から覗き込む。
 クラウスは律儀に店員に許可を取って、展示してあった紅色のカレイドスコープをメガネの前に構えた。さぞや美しいのだろうと思って。だけど光の中に暗い影が降ってくるようで、期待していたものと少し違った。
「それ、向きが悪いんすよ。そっち暗いんで、あっちの明るい方に向かって覗いてみてください」
 少年の言う通りに向きを替え、筒をくるりと回して再度覗き込む。先ほどとは打って変わって視界が真っ白に輝き、影になっていた粒が光を反射して鮮やかな色を見せた。
 静かにはしゃいで二度三度と筒を回して楽しんだ後、繊細な手つきで展示用のスタンドに戻した。先端の透明のバーはガラス製だ。
「ありがとう。とてもいいものが見られた」
「そりゃあよかった。初めてっすか?」
「ああ、本で見たことがあったが、特に手に取る機会はなかった。君は詳しいのかね」
「詳しいっってわけじゃないんすけど、妹がこういうの好きで、小さい頃に一緒に遊んでたもんで」
 心優しい紳士が気を遣わないよう軽く言ったつもりだったが、聡明な彼は気づいてしまう。レオナルドの妹は盲目だ。昔からではない。比較的最近、レオナルドを庇って異形の者に視力を奪われた。そのこととカレイドスコープの前で立ち止まったこととが瞬時に結び付く。
 そうして神妙に押し黙ったクラウスにも、少年はすぐ気が付いた。自分のボスがそういう人柄だというのは数か月の付き合いでもよくわかっていた。
「すいません、気を遣わせちゃって」
 当たり前のようにクラウスは首を横に振って、先ほどとは別の青いカレイドスコープを手に取った。覗き込めば夢のような青い世界が広がる。
「これを一つ買って君にプレゼントしよう」
「いや、俺は別に、妹の付き合いで遊んでたぐらいで……」
 繊細な玩具はどちらかというと美しいもの好きの女の子向けだった。大人になればコレクションにはうってつけのアイテムだが、ブリキのロボットを振り回して遊ぶ少年が持つには脆すぎる。レオナルドはもう手のひらで掴めるロボットでおもちゃの怪獣を殴り倒す歳ではなかったが。
「君と、ミス・ミシェーラに」
 妹の名前に糸目の上の眉間がこわばる。悪い冗談だ。いつもはそんなことを言う人じゃないのに。意図が見えずに言葉を探している間にクラウスが言葉を足した。
「覗いてみたまえ。君の義眼には劣るが、とてもきれいな青だ。君たち兄妹の眼が元に戻ったとき、彼女はもうその美しい色を見る機会に恵まれないのだから」
 それは、言外に、妹の視力とレオナルドの義眼と引き換えに奪われた本来の眼球を取り戻すという誓いだった。他の誰でもなく、鉄のような意志を持った人の。
 ためらいがちに青い筒のカレイドスコープを受け取り、光に向かって翳した。輝く視界に光の破片が降り注ぎ、青い粒が複雑な幾何学模様を描き出す。澄んだ海のようであり、深い湖のようでもあった。
「……そうっすね。アイツ、きっと呑気に“見てみたかったのに”なんて言いそうだし」
 手を滑らせたら壊れてしまう筒の中に祈りをしまい込んで、緩衝材でぐるぐる巻きにされた包みを提げて店を出た。
作品名:カレイドスコープ 作家名:3丁目