二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
novelistID. 56387
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

わたしは明日、明日のあなたとデートする

INDEX|10ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

4.愛美



 「東都大学前」で地下鉄を降りた。案内表示板に従って理学部前に出るエスカレーターに乗って地上に出た。地下鉄に乗っているときは気づかなかったが、いつの間にか雨が降っていた。オフィス街ほど周りには高いビルはないが、グレーなど落ち着いた色の建物が多いため、雨の中では陰気な場所に思えた。
 私は理学部のビルに入る前に時計を見て時間を確認した。十八時五分前。高志には十八時に行くと約束していたから、時間ちょうどだ。
 あの高志の家で開かれた准教授昇進のお祝いパーティーから十日が経っていた。
 この十日間、私はあの時に高志から聞いた話をずっと考えていた。その中から私にはある考えが浮かんできて、今日はそれを確かめるため、高志の研究室を訪れようとしている。
 理学部入り口の守衛室で、高志の名前を告げ、外来者用のパスカードをもらった。
 もらったパスカードでゲートを通過してビルに入ったが、エレベーターや通路の各所でパスカードを使わなければ通れないゲートがあり、高志の研究室に辿り着くまでに五回もパスカードを要求された。大学は企業の研究所等に比べるとセキュリティは大幅に甘いのが世の常だが、数年前に大学で高額なコンピュータ(教授十人の年収に相当する額だったそうだ)が盗まれるという事件があってから厳しくなったらしい。
 高志の研究室は第四基礎物理学研究室という素っ気ない名称の研究室なのだが、そこの准教授室をノックしても返事はなかった。カードの読み取り機があったので試しに自分の外来者用のパスカードを当ててみたが、ドアは開かなかった。当たり前か。
 どうしたものか、と廊下を見回すと、どこかで高志の声が聞こえた。廊下を少しうろうろして声の出所を探り、それらしい部屋の見当を付けた。その部屋の読み取り機にカードを当てると、今度は開いた。
 中に入ると、どうやらここは学生の部屋だったらしい。決して狭い部屋ではないのだが、部屋の周囲をすべて占領した本棚にぎっしり本が詰め込まれ、学生用とおぼしきデスクが思い思いの配置で七〜八脚あった。そのデスクにも枕にすると高すぎるくらい厚みがある本がぎっしり並べられているため、かなりの圧迫感があった。
 部屋の真ん中に十人くらい座れそうな大きめのテーブルが置かれ、そのテーブルにも何冊か本が積まれていた。そのテーブルに学生らしい若い男の子と高志が隣り合って座っていた。本とタブレット端末を交互に見ながら、何やらディスカッションをしているらしい。また私と同年代くらいの男性と、やはり学生らしい若い男女が数人、二人の背後からディスカッションの様子を伺っていた。
 私が入室したドアは高志の位置からは本棚が邪魔でよく見えないらしく、私に真っ先に気づいたのは立ってディスカッションを見守っている女子学生だった。
「福寿先生、あの」
 女子学生はそう言いかけたまま、両手を口に当てて絶句している。
「こんにちは。あの、福寿の母です」
 私がそう挨拶すると、研究室内はちょっとしたパニックになった。何人かの学生は、私が高志の母だということは、福寿というちょっと珍しい姓を悪用した高志の冗談だと思っていたらしい。教授(やはり私と同年代だった)は私がデビューして以来のファンです、と上ずった声で私に告白した。高志には一度連れてこいと何度も頼んでいたらしい。私は高志からそんな話は聞いたことがなかったが。
 結局、この部屋にいた教授と学生八人全員にサインと握手をして、やっと私は解放された。

「ごめん母さん。学生に質問されて相手してたら時間をうっかり忘れてしまって。最初から准教授室に来れたら、そんな騒ぎにはならなかったのにな」
 高志がそう言いながら准教授室のドアを開け、私を中に招き入れた。
 この部屋もまた分厚い本だらけだ。今どき、一般の人は紙の本など買わず、ほとんどが電子データの本をタブレット端末で読むのだが。もしかしたら世の中の大半の「紙の本」は、大学の研究室に集まっているのではないだろうか?
「そうでもないよ。論文を発表する学術雑誌なんかはほとんど電子データになってしまったから、これでも紙の本はずいぶん減ったんだよ」
 私が口にした疑問に高志がそう答えた。これで?じゃあ、三十年前の大学の研究室は、いったいどんな惨状だったのだろう。本に埋もれて怪我した人なんかもいたんじゃないかしら。

「まだ『京都』には行けないのね。どんな状況なの?」
 私が水を向けると高志が本やタブレット端末、訳がわからない数値がびっしり印刷された紙などが散乱したデスクの上を片付けながら応じた。
「安定しないんだ。このところ僕らは毎日行き来しながら調べているんだけど、どうも予想以上に不安定で、しかも徐々にその不安定さが大きくなってきている」
「不安定って具体的にはどうなってるの?」
「目に見える異変は、今のところ『京都』側のゲートの位置が微妙にずれてきている、ということくらいかな。以前は宝ヶ池南東の山の中に通じていたのが、半径五百メートルくらいの場所にランダムに通じるようになってきている」
「それって観光客を通せないほど危険なの?」
「前例がないからね。もしこれ以上ゲート位置がずれると、『調整』が今までのようにこちら側のホテルの部屋で入るかどうかもわからなくなる。それに」
 いったん言葉を切って続ける。
「ゲート周辺の空間の歪みが大きくなってきている」
「空間の歪み?」
「そう。僕らは現地では一辺が二〜三メートルの三角形を作って、その内角を厳密に測定して空間の歪みを調べてる。三角形の内角の和は百八十度になることは知ってるよね?」
「いくらなんでもそのくらいのことは知ってるわよ」
「でもそれは、歪んでいない空間での話で、空間が歪むと三角形の内角の和は百八十度ではなくなるんだ。安定して繋がっているときは、ゲート周辺では三角形の内角の和が百八十度から〇.一秒角程度大きくなるくらいの歪みだった」
「秒角って?」
 話についていくのが少し辛くなってきた。
「一度の六十分の一が分、そのまた六十分の一が秒角だよ」
 私は驚いた。そんな小さな角度を測定できるのか。
「十年くらい前は一秒角の歪みを検出するのに、一辺が百メートルくらいの三角形を作る必要があった。あの頃は三人で測量機を持って宝ヶ池の周りを走り回ったもんだけど、今ではポールにセンサーを取り付けて、それを地面に刺せば一人でも測定できるようになったんだ」
 そこはもういい。それでどうなる、という話を聞きたい。
「それで、今はどのくらい歪んでいるの?」
「驚くなかれ、なんと二秒角まで大きくなっている」
「驚かないよ。理解できないもん。その歪みってほんとに大きいの?そんなの、そこにいる人間は誰も気づきもしないでしょ?」
「そうだけどね」
 高志は少しガッカリしたようたが、気を取り直して続ける。
「でも今までより二十倍も大きく歪んでいるわけだから。さらに、この数値は数時間おきに測定すると、かなり大きく変動しているんだ。二秒角というのは、その最大の数値なんだけどね」
「とすると、これからどうなるの?」