わたしは明日、明日のあなたとデートする
このシーンには記憶がある。私が着ていたのは青じゃなく紺の服だったし、あそこで遭遇したのは壮年の男ではなく、顔にケロイドがある少年だったが、女の立ち位置や振り返るタイミング、少年との位置関係などは私の記憶とほとんど同じだ。
混乱している私の目の前で、画面はさらに切り替わり、再び短いシーンが連続し、やがてタイトルと「二〇四一年夏、公開」というテロップとナレーションが入った。
そして最後に、さっきの東屋のシーンの続きになった。さっきは女が真横あたりまで振り向いたところで別の画面に切り替わったが、このシーンはそこから始まり、女の顔がわかる角度まで女が振り向いた。男の表情に驚愕と恐れ以外の何かが加わり、足を前に一歩踏み出すカットが挿入された。
それから女の身体が急速に淡くなっていった。透けて見える背後のビルの灯りが、女の身体の淡さの変化に合わせて瞬きを変えた。そして最後は空中に溶け込むように女が消えた。
女がいなくなった東屋が数秒映った後、画面は男の顔を映した。男は悲しみの表情を浮かべていた。視点はそのまま後退し、東屋が、池が画面に入ってきた。やがて夕闇迫る池の畔に立ちつくす男の姿を数秒間映して画面は暗転した。
その時、文字と男性の声が同時に映り、聞こえた。
「僕の女神に、逢いたい」
その文字が暗転し、予告編は終わった。
「最後の男のナレーション、妙に素人っぽくなかったか?」
常連のお客さんが話し合っていたが、その声は私の耳にはほとんど入らなかった。
私はナレーションの声を聞くと同時に泣いていた。まるで体中の水分をすべて涙にしているみたいに涙が溢れていた。
あれは高寿の声だ。エフェクトがかかっていたが、間違いなく高寿の声だった。
「ちょっと愛美ちゃん、どうしたの?」
常連のお客さんの狼狽する声が聞こえた。大丈夫です、何でもありません、って言いたいのだけど、まったく大丈夫には見えないだろうな。
「あらあら愛美ちゃん、感動して泣いちゃったのね。この人、すごく涙もろいから」
良江さんが私の背中に手を当てた。
「感動してって・・・、ダムが決壊したみたいな泣き方だよ?ああっ、愛美ちゃん、それは台拭き!」
私は台拭きで顔を拭いたらしい。良江さんがすかさずおしぼりを持たせてくれた。
私は今度は、「ダムが決壊したような」という表現が可笑しくて、今度は笑い出してしまった。困ったことにそれでも涙は止まってくれない。私は身をかがめて声をあげて笑いながら、それでも泣き続けていた。
「・・愛美ちゃんが、壊れた?」
お客さんの声が聞こえた。
三十年も離れていたから、高寿から「会いたい」って言われることがどんなに嬉しいか、すっかり忘れていたよ。
わかったよ、高寿。私に勇気がなくて待たせてしまってごめんね。
良江さんが正面にしゃがみ込み、私の顔を覗き込んだ。何かを察した、という顔をしている。
「あらあら愛美ちゃん、お化粧が大変なことになってるわよ。お手洗いでお顔を直して、気持ちも落ち着かせていらっしゃいな」
作品名:わたしは明日、明日のあなたとデートする 作家名:空跳ぶカエル