二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
novelistID. 56387
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

わたしは明日、明日のあなたとデートする

INDEX|5ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

「どういう風の吹き回し?」
「なによ。聞きたくないの?」
「今まで、母さんと父さんだけの思い出だから、ってほとんど教えてくれなかったじゃないか」
「そうそう。『愛美が明日から会うぼくは、きみにひどいことを言ってしまう。ごめんな。わからなくて。辛くさせて、ごめんな。』ってところだけね」
「そのセリフ、もう覚えちゃったよ」
「何度も話したもんね」
「父さんが目に涙ためて泣きそうな顔で」
「うん」
「カッコ悪いよな」
「うん」
「母さん、泣くなよ。この話をするときは母さんも必ず泣くからな」
「泣いてないよ」
「そうか」
 泣きそうだけどね。
「でも母さん。母さんにはその時の父さんが一番カッコよかった。だから俺に、あんたの父さんがどんなにカッコいい男だったか知って欲しいからって、この話だけは俺にしてくれたんだろ。それ以外は母さんと父さんだけの思い出だから話さないって」
「そうだったね」
「だったら今さら話そうか、なんて言うなよ。嫌な予感がするじゃないか」
「むぅ、わかった」

 そう。あの時の高寿はカッコ良く、頼もしく、素敵だった。あの言葉で私は、二人で頑張って二人の歴史を作っているんだ、と思えた。
 
 それでも。
 その翌日、鞍馬山で高寿に拒否された時は辛かった。何があるか十分すぎるほど知っていたのに、「歴史」として知っているということと目の前の現実は別だった。高寿の苛立ちを目の当たりにし、怒りがこもった声を聞き、掴んだ腕を振りほどかれると息が止まった。手足が冷たく痺れて頭が真っ白になった。
 
 高寿が去った後、鞍馬山を下りて叡山電車に乗った。雨に濡れていたし、たくさん泣いたので、誰にも顔を見られたくなくて、ドアの近くの壁に顔を向けていた。
「エツコ、タオルあるから髪の毛拭き。風邪引くで」
 車両のどこかで若い男の声が聞こえた。
「ありがとー。傘なんてたいして役に立たへんかったなあ」
 若い女の声だ。私は二人の会話を聞くともなしにぼんやり聞いていた。
「汁もしたたるいい女、とかいうやつか?」
 背中を向けていても一瞬、乗客たちの呼吸が止まったのがわかった。
「そ、それを言うなら水もしたたる、や!」
「そうやったか?」
「まったく、汁てなんやねん。私からどんな汁が出てるっちゅうねん」
「どんな汁て、エツコ、そんな言い方すると下品やな」
「下品なんはあんたや。アホなんやから下手に気の利いたこと言おうと思わんでええから。ほんま恥ずかしいわ」
「なんせ、俺は糸に月やからなー」
「恥の歴史を自慢気に言わんでええし。この調子やったら私の名前を漢字で書けるかどうかも怪しいな。それより私にばっかり傘をさすから、あんたの方が私よりもっとずぶ濡れやんか」
「大丈夫や。アホは風邪引かへんから」
「最近はアホでも風邪引くねんで。はよ頭だけでも拭き」
「エツコ、そんなゴシゴシやると頭、痛いて」
 そんなに大声で喋っているわけでもないのだが、今やこの二人は車内のスターだ。
 私も含めて車内の全員が、笑い声が漏れるのを堪えながら聞き耳を立てているのがわかる。
「そうやエツコ」
 彼氏が急に真面目な口調になった。彼女の方も一瞬の間をおいて神妙に聞き返す。
「なに?」
「たとえどんな漢字でも、エツコはエツコや」
「ほんまに書けへんのかいな!」
 堪えきれずにぷっと吹き出す小さな声が、車内のあちこちから聞こえた。

 宝ヶ池で電車を降りる時、私は一瞬だけ彼らの方を盗み見た。彼女の方が手を伸ばして自分より背が高い彼氏の頭をゴシゴシタオルで拭いていた。濡れ加減は二人ともたいして変わらなかった。
 彼女の方は、私と同じ歳くらいに見えたが、ちょっと意外なことに彼氏の方は彼女よりずいぶん、少なくとも五つくらいは年上に見えた。
 宝ヶ池の散策道を歩きながら私は電車内のあのカップルのことを考えていた。
 「歴史をつくる」というのは、ああいうことなんだ。あの二人がこの先ずっと一緒にいるのか、それとも別れてしまうのか、それはまだ誰にもわからない。わからない未来に向かって二人で歩いていく道のりが「歴史」になるんだ。「未来」があっての「歴史」なんだ。
 あの「汁」も、いつか「なんせあんたは『汁』やさかいにな」みたいに、「月に糸」のような、その場で会話を聞いてるだけの人にはわからない、二人の「恥の歴史」になっていくのだろう。
 なぜ、私と高寿は未来をつくることが許されないんだろう。未来がないのが前提だから、最初から決まっているシナリオをなぞるだけのような、芝居のような歴史づくりしかできないんだ。
 
 そうだ。これは私たちの運命だ。その運命を受け入れて、その運命の中で高寿と恋人同士になる歴史をつくることを選択したのは私だ。そして高寿もそれを受け入れてくれた。
 でも、好きになればなるほど、高寿との未来を夢見るのは当たり前でしょ?望んでいけないわけがないよね?
 東屋まで歩いてきたとき、私の頭の中に小さな閃光が走った。もしかしたらひとつだけ、運命に逆らう方法があるかもしれない。いや待てよ。本当にこれで逆らうことになるのか?そもそも上手くいくのかもわからない。
 でも、運命に逆らうなんて無駄で不可能なことかもしれないけれど、今はこれしか思いつかない。やってみる。
 私は東屋でバッグを開け、中を探った。出てきたのは錠剤が二十錠ほど。
 
 私はこの世界に来るとき、経口避妊薬を日数分持ってきて毎日服用していた。
 大切な四十日を自分の体調のせいで台無しにしたくなかったし、まして高寿の求めに応じられない日を作ってはならなかったから。
 考えると、もうチャンスは一度しかない。あまり勝算が高い可能性とも思えなかったし、もし賭に勝っても、その未来は高寿とは共有できない。それでも今、私が運命に逆らおうとすれば、できることはこれしかない。
 錠剤をすべて握りしめ、東屋の手すりに近づいた。足下で鯉が跳ねた。
 私は運命への怒りを込めて、池の中の鯉をめがけて叫びながら錠剤を思い切り投げつけた。もしかしたらこれも「予定された行動」に過ぎず、私は変わらず運命の掌で遊ばれているだけなのかもしれないけど、逆らうという意志を行動で示したことで、少しすっきりした。
 あの鯉たち、錠剤を食べちゃったかな?
 鯉たちの繁殖に悪影響が出ちゃったらごめんね。
 
 滞在期間が終わってこちらの世界に戻ってきた頃、私は可能性が現実になったことを知った。

 車は郊外を走っている。他の車がほとんど走っていない状況では手動で運転してもつまらないらしく、高志はグリップから手を離し、ノートを出して数式を眺めている。
 車がもう高志の家に着こうかと言う頃、高志がノートに目を落としたまま言った。
「俺も父さんに会ってみたかったな」
「会ったじゃないの」
「赤ん坊でない大人の父さんにさ」
 車はもうすぐ高志の家に着く。