偶然、3回続けば必然
まただ。また、記憶がない。事件に巻き込まれて入院することは、残念ながら、ちょっしゅうだ。その中でも記憶喪失のときと、ちゃんと入院に至る経緯を憶えているときがある。怪我の多いライブラでも、こうも度々記憶喪失になる人はいない。
体質的に何かあるんじゃないかと精密検査も受けたんだけど、結局これといった原因はみつからなかった。
記憶がなくても意外と困らない。一番最初は三か月分も記憶がふっ飛んで流石に困ったけれど、一日二日の記憶喪失なら意外となんとかなった。ザップさんに嘘ばかり吹き込まれるぐらいだ。それも最初から疑って裏付けのないことは信じないので問題ない。
他の事件で入院することを思えば、気が付いてしまえばすぐ退院できるので楽な方だ。というのも、入院馴れしすぎていて悪いけど。
真っ白なベッドの上で光の方を向くと、職場の上司がスツールで紙束をめくっていた。僕に気づいて書類を膝に下ろす。
「お、気が付いたか」
「すいません、またアレっすか」
「自分でそう思うんならもうちょっと気を付けてほしいもんだがね」
厳しく責めるわけでもなく、肩の力を抜いて呆れたリアクション付きで。
「調子は?今回は特に外傷はなかったみたいだけど。いつの出来事まで憶えてる?」
「ザップさんが女の人にぶんなぐられて遅刻した日まで憶えてます」
「一昨日か四日前か一週間前か……」
「えーっと、二十日かな……」
「一昨日だな。大したことないならいいさ。ここ二日で君に頼んだことも特にない」
「はぁ」
「じゃあこれから予定があるから失礼するよ。」
忙しそうにその人は出て行った。それから退院まで、仲間が順に顔を出してくれた。その人は二度と来なかったけど。
また、病院のベッドの上だ。記憶がない。
今回も二日程度の記憶喪失なら、一か月ぶりだ。扉の開閉音がして、靴音がしたのでそちらを向いた。
「やあ。ちょうどお目覚めかな、少年」
上司だ。今日も何かのついでなんだろう。時間を気にしながら、少し話して帰って行った。
記憶喪失以外の入院でもお見舞いに来てくれるのは決まって一回ずつだけれど、ここのところ一番に顔を見る。ただそれだけ。
また、眠りについたときの記憶と目を開けた時に見えた病室の天井が噛み合わなくて、これはいつもの記憶喪失だと理解した。
二度あることは三度ある。また、居る気がして、窓際を見ると、その人がいた。
忙しい合間に覗きに来てくれる。そのタイミングで僕は目を覚ます。もう三回目だ。他の仲間は目を覚ましたという連絡を受けてから手土産付きで顔を出してくれることが多くて、目覚めた時にいるとしたらこの人。
「たまたまだよ。僕はみんなと一緒に顔を出せないこともあるから、出かけついでに寄ってるんだ」
確かに、クラウスさんとKKさん、チェインさんやザップさんやツェッドさんが連れだってお見舞いに来るとき、「彼も誘ったが外せない予定があるようだ」と言われる。
忙しいなら律儀に寄ってくれなくても、組織の中でも人一倍仕事を抱えているのはわかっているから、いいんだけど。
「でも、自分の部屋じゃないところで目を覚まして一人じゃないってホッとします。ありがとうございます」
「これだけ入院していたら別荘みたいなもんじゃないか」
「うっ……」
安普請アパート生活で別荘なんて想像もつかないけど、僕にお金があっても別荘なんか買わないだろう。どこででも眠れるけど、慣れない場所で目を覚ますのは苦手だ。この一年ほどの間に悪夢のような出来事や夢と区別のつかない頓珍漢な街での生活が続いて、見慣れない部屋で目覚めると、夢と現実があいまいになる。
たまたまでもいい。目を覚ましたときにそこが現実で、世界はまだ大丈夫なんだって教えてくれる。
「じゃあ、愛想がなくてすまないが、もう行くよ」
「はい、お疲れ様です」
今日もまたあっさり去っていく。
二度あることは三度ある。三度あることは――――。
「運命」
そんなロマンチックな単語がよぎって、一人で手を振った。
「ないない」
ちょっとホームシックなのかもしれない。一日や二日分の記憶でも、自覚しない心の底ではショックなのかもしれない。心が弱って何かに寄り掛かりたくなっているのかも。
だけど、ほんのちょっとだけ、四度目もそこにいてくれる気がするのだ。
作品名:偶然、3回続けば必然 作家名:3丁目