クリーミィ・アフタヌーン
「先に頼んでてよかったのに」
「んー、俺だけ先に食べ終わってもつまんないし」
やってきたウェイトレスに新一はコーヒーとホットサンド、快斗はカフェオレとワッフルを注文する。「お前、そんな甘いもん食べるの」とでも言いたげに新一が怪訝そうな視線を寄越してきたので、快斗はにこりと笑ってみせた。顔かたちは似ているのにこのふたりは、やはりどこかが少しずつ違う。彼らは似ているようで、似ていない。
しばらくしてコーヒーとカフェオレが彼らのテーブルに運ばれてくる。ソーサーにのせられたミルクと砂糖は使わずに、新一は取っ手を持ってずず、とそのまま口をつける。今度はうへぇ、と快斗が嫌そうな顔をした。ブラックコーヒーも飲めなくはないが、快斗はあまいものが好きだ。自らのカップに砂糖をいれてスプーンでかき混ぜると、まろやかな香りが広がった。
ふと、快斗の目の前の紙とペンを目にした新一が、何だそれ、と訊ねる。「まさか暗号じゃないだろうな」
「ご名答。ちょっと次の暗号をね」
「…俺の前で作るとは良い度胸じゃねーか」
手元は見ようとはせずに、新一が答える。快斗はにひひと笑ってから、それらをポケットに仕舞いこんだ。快斗の視線が新一の向こう側に注がれ、残りのオーダーがやってくることを示す。案の定次の瞬間には、お待たせ致しましたという声とともにホットサンドとワッフルがやってきた。焦げ目のついたパンにチーズ、それからシロップとくだもののにおい。ばらばらなのに調和がとれているのは、これがまさしくあの二人だからだ。トレイについてきたウェットティッシュの袋をぴりぴりと破って手を拭いてから、新一は手を伸ばし、快斗はナイフとフォークを持った。だけど快斗の目はホットサンドをとらえていて、しまいには「一切れちょうだい」と言うのだ。ほら、と快斗の皿にわけてやると、嬉々としてそれを頬張った。
「新一もいる?」
「いや、俺はいい。そんな腹空いてねーし」
「そう?」
咀嚼してごくんと飲みこむ。新一が食べない分も、快斗はこうして食べてくれる。家では新一が自分では作らない食事を、快斗が作ってやる。どちらかがさみしいときは、一緒にいてやる。眠れない夜があれば歌をうたうし、雨が降っていれば傘を持って迎えにいく。こうしてきっと、バランスがくずれることは、永遠にないのだ。
窓から差し込む日ざしがクリームのようにあまい、午後だった。
20100420
『クリーミィ・アフタヌーン』
作品名:クリーミィ・アフタヌーン 作家名:千鶴子