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僕のために泣いてくれと願った日。

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ある日、こんなことがあった。まず説明しておくと、その日はグラハムがいつものように円満に恋愛を終えて、いつものように僕が慰めの役目をおおせつかっていた、本当にありふれた日常の一部に分類される日だった。
 この時のグラハムの恋愛は本当に円満に終わった。というより、彼はいつだって恋愛をスマートに終わらせる。女の暗い部分、グラハムが嫌う部分を見付ければすぐさま遠ざかり、ある種の優しさで女に失望を悟らせないまま恋愛期間に終止符をうつのだ。彼は結構傷付きやすかった。自認するほどにはセンチメンタルで理想主義で完全主義で、相手の感情に敏感だった。だからこそ泥沼に陥るような恋愛を嫌った。グラハムはいくらかの努力と我慢でもって、清潔な恋愛に女との関係を持っていこうとしていた。いつも涙ぐましい演出で理想的な恋愛を作り上げようとしていた。
 だからグラハムと付き合ったことのある女は(わずかな例外を残して)別れた後でさえにこやかに挨拶をしていたし、彼との付き合いをいい思い出としていつまでも持っていたように思う。一方のグラハムは、タフであることを求められるパイロットのくせに、これが最後の恋だという勢いで恋愛にのめり込んでは、自分の手でそれを終わらせては一々傷ついていた。
 けれど、見切りをつけたグラハムの残酷さといったらなかった。彼の中にある定形を外れた恋愛は遠慮なく切り捨てられたし、容赦なく侮蔑された。



 話を戻そう。この日、彼の部屋へ行く道すがらに寄ったカフェで、グラハムは全くの偶然から以前付き合っていた女と再会した。それは失恋直後という絶妙なタイミングに訪れた偶然だった。けれどそれは思うに真実じゃなく、ただ単によりを戻そうと近づいてきた結果なのだろう。グラハムもそれには気づいていたと思う、緑の目が幾分面倒くさげに細められていたから。
 それでもグラハムはその偶然を完璧に演じ、甘い恋愛関係をゆり戻そうとする女を牽制し、別れても良い関係を保つ男女までをも演じた。他人から見れば、僕はどうも気がきかない男だったのではと思う(彼女にとっては特にそうだろう)。もてる友人を持った男なら、少々の冷やかしを入れ、二人きりにしてやるのが普通なのだろう。だがその寸劇の間、僕は基地の売店の中で買った数学雑誌を読んだりコーヒーを飲んだりと静かにふるまった。もちろん話しかけられれば応じたけれど、グラハムが切り上げるのをひたすら待った。そんな僕達を、隣の席に座った白人のビジネスマンは不思議そうに見つめていた。
「それじゃあ、また」
 グラハムは手をふって女を見送った。彼女は笑顔で去っていったが、平静にふるまおうとする努力が伺われた。
「じゃあ行こうか、カタギリ」
 この日は彼の家で映画を見る約束をしていた。けれど会話が終わりカフェを出た頃には、僕はもうその映画に興味をなくしていた。思索に富んで気の利いた映画なんて、今目の前で起きた出来事に比べれば出来の悪いフィクションだった。慈悲深い緑の目が冷ややかに細められる瞬間を見つけてしまっては、自ら進んでフィクションに身を投じようとは思えなくなった。 それから彼のアパートにつくまで、その映画の話をした。グラハムは難解な映画を丁寧に説明し、どこかの雑誌からの受け売りなのだろう、撮影の間のこぼれ話までしてみせた。だが僕はあの数分の会話の印象に支配されてしまい、笑ってしまうような滑稽な話にも大した反応は出来なかった。
 歩幅をあわせながら、彼の会話に耳を傾けながら、僕はこの男が顔をゆがめ泣く様が見てみたいと強く思った。冷ややかに人を見つめるのじゃなく、冷静さをなくした彼の様子が見たかった。それも出来れば僕のせいで、どうにもならない感情に支配され涙を流すのがいい。
「ああ、楽しみだね」
 話を続けるグラハムに頷きながら彼の隣を歩く。アパートについて映画をテレビが映すまで会話は途切れることはなく、僕達はいつもどおりにふるまった。ただ僕だけが心のうちに新しい感情を見つけ戸惑い、だが半ば納得した。恐ろしいくらいの独占欲を、やっとこの日、僕は理解したのだ。