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おやつ

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積み上げられたガラクタの山を覗くと、背中を丸められるだけ丸めた少年がレポート用紙にミミズが這ったような文字を綴っているところだった。俺の悪い性分で、先にそのミミズ文字が読める代物かどうか確かめてから、煙を吐きそうな少年を引っ張り起こした。
「ストップ。小休止だ」
 真昼間だというのに徹夜仕事のような虚ろ具合で顔を上げるので、無理やりゴーグルを引き剥がした。案の定。眼球の熱でゴーグルが温まっている。閉じることを忘れた青い瞳を、開眼したまま絶命した死体にやるようにして閉じさせた。これ、ちょっとマズいんじゃないか。というぐらい熱い。熱を計るつもりで手を当てていると、逆に少年の方からすり寄ってきた。
「これ、気持ちいいっす」
「完全にアウトだよ。待ってろ。冷やすもの持ってくるから」
 冷水で絞ったおしぼりを持ってきて自分で当てさせ、肩を貸して応接セットのソファまで移動させた。彼に仕事をさせていた会議スペースはガラクタに埋もれて休めそうになかったからだ。
 数日前に発生した血界の眷属絡みと見られる事件では多数の物品が押収された。すぐに科学班に回して調べさせたが、人類の科学が及ばぬ相手のことだ。結局、血界の眷属のオーラや諱名まで読み取れる“神々の義眼”にお鉢が回って来た。しかも、吸血鬼対策のスペシャリストである豪運のエイブラムスの都合により「大至急」で、だ。
 組織において、一番の役目は血界の眷属を“視る”ことと弁えている少年だ。最初はやる気を出していい返事をしていたが、運び込まれた品物の多さに埋もれて静かになった。早くやるに越したことはないが、物理的な限界ってものもある。大至急なんていう曖昧な納期は不眠不休指定という意味じゃない。俺個人としては、適当に抜くところは抜いてやってくれて構わなかったが、律儀で真面目な彼を放っておいたらこの様だ。
「無理だと思ったらすぐ休んでいいんだぞ」
 ソファに寝かせておしぼりを交換してやる。この短時間で蒸しタオル状態だ。閉じられたまぶた周りも赤みが差していた。
「いやぁ、眼を使いっぱなしってわけじゃないんで、まだギリギリ大丈夫かと思ったんすけど」
「ギリギリまで使い込まないでくれよ。いつ緊急出動要請が入って本物の血界の眷属とやり合うことになるかもわからないんだ」
「…………そうっすね」
 少し間があって失敗したな、と気づく。
「いや、とにかく、身を削ってまでやることじゃない。エイブラムスさんには俺からも言っておくよ」
 咳払いとごまかしを述べて給湯室に立った。ぬるいおしぼりの片付けを言い訳にして。
 ここにK.Kがいたら「人でなし」と罵られていたことだろう。労わる気持ちがないわけではないんだけれど、どうしても仕事優先で彼女みたいな、わかりやすく情の厚い人間の反感を買う。女性相手ならもうちょっと調子のいい言葉が出てくるのだけれど。
 意外と上手くやれないものだ。
 おしぼりよりいいものを探して冷蔵庫を開けたが、保冷剤の類は見当たらなかった。代わりに誰のための買い置きか不明のアイスキャンディーを一本見つけた。
 ソファでは目にぬるいおしぼりを乗せた少年が乾燥気味の唇を喘がせていたので、包装を剥いたそれをすっぽりくわえさせた。
「んぐ……」
 少年がパッと上体を起こしてオレンジ色のバーを口から引っ張り出す。先端を一口齧り取って。しゃくしゃく軽い音を立てて僅かな水分を補給して、小さく息を吐いた。
「うまっ」
「そりゃ良かった。すまないがおかわりはないんで、それ一本で我慢してくれ」
 もちろん、重労働の対価としては安すぎるので、適当に今日の分の仕事を切り上げて食事にでも連れて行ってやろう。デザートにジェラートが出てくる店にでも。
 そのためにも自分の仕事はきちんと片づけなければならない。なんなら彼の仕事も手伝えることは手伝えるように。
 自分の机に戻ると、少年がずっとこちらを見ているのに気づいた。赤い目元と、多分、目が合う。
「スティーブンさんは休憩しないんすか?」
「君ほど消耗してないからね」
「もしかして、これ、この一本しかなかったとか」
「そうだけど、遠慮しなくていいよ」
 とんでもなく視力のいい糸目がこちらを観察している。言いたいことはわかる。よく疲れた顔をしていると言われる方だ。心優しい彼のことだ。俺のことも気遣おうとしてくれているんだろう。
「えーと、ちょっと俺出てきます」
 いそいそソファを降りるが、少ない所持金でアイスか何かを買ってきてくれるつもりなのは明白なので引き留めた。
「こっちは気にしなくていい」
「いや、でも、スティーブンさんも俺が仕事してる間中デスクワーク続けてたじゃないですか。休んだ方がいいっすよ」
 一人で事務所に詰めているときは集中すればこれぐらい、よくあることだったが。俺がデスクに向かう限りは少年が気兼ねするようだった。少し面倒に思いながらも、観念して応接セットの向かいに座り直す。目の前に何も持たない上司がいたら、それはそれで気を遣うもので、見せびらかさないよう、一度に残りのアイスキャンディーをほおばって木製の棒だけを引き抜いた。一本しかないって言ってるんだから遠慮せずもっと味わえばいいのに。
 すぐになくなってしまった茶菓子の残骸を眺めているうちに時計の針が直角を描いた。携帯も鳴る気配がない。腕を伸ばして身体を反らすと凝り固まった筋肉がギシギシいった。
「やっぱりちょっと出よう」
「お遣いすか。行きましょうか」
「いや、テイクアウトできないやつを食べてこよう」
 真面目に働いたご褒美だ。金で労うようでなんだけど。
「何がいい?甘いものでも、ちょっと早いけど食事でもいい。奢るよ」
「じゃあスティーブンさんの今食べたいものにしましょう」
「欲がないな」
「そんなことないっすよ。あ、コーヒーだけとかはナシで」
 ポケットに手を突っ込んで立つと、転がるようにしてついてきた。
「いつも事務所で飯食ってるじゃないですか。たまには別のモノ食いましょう」
 なんだ。どっちが労われているのかわからないじゃないか。
 考えあぐねた末に、まず評判のいいジェラート屋に行った。彼が乾いた口に頬張っていたアイスキャンディーが美味そうだったからだ。
作品名:おやつ 作家名:3丁目