純情高校生と情報屋さん 2
シズちゃんが、優しい。
たったそれだけで、こんなにも違うのか。
極力揺らさないように歩いてくれているらしい背中に額をくっつける。一瞬ビクリとしたのが分かって、笑いそうになったけれどグっと堪えた。
(今笑ったら、絶対落とされちゃうしね)
それに、俺の天敵である彼の背に居る間が、もしかしたら世界で一番安全なのかもしれない。
「ねぇシズちゃん。これどこに向かってるの?」
どうやら学校とは別方向のようだ。
はじめこそ"なるべく人通りの少ない道を"という俺の要求を飲んでくれているのだと思ったが、どうにもこの足取りは違う場所を目指している。
「もしかして、新羅のマンション?」
「…そうだ。ぜってぇお前おかしい」
「なんで?あー、ひょっとしてキスの事言ってる?あれはシズちゃんがあんまりにも可愛いからしちゃっただけで、別に俺の頭がおかしくなったわけじゃないから安心…っ、!…あのさぁ、いきなり落とさないでよシズちゃん」
何が世界で一番安全だ。
足が痛い。元々捻っていた部分をアスファルトにぶつけ、かなり痛い。
文句を言おうと顔を上げれば、そこには顔を真っ赤にしたシズちゃんがいた。わぁ。これ、大丈夫なのかな?と、つい心配をしてしまいそうになるくらい、赤い。
「……大丈夫?」
「………っ、 まえが、可愛いとか…キ、ス…とか……」
「………………」
きょう日の高校生が、こんなに純粋でいいのだろうか。
シズちゃんは、あれだよね。あの化け物並みの怪力がなかったら、悪い女にこっぴどく騙されて、ただ一度の裏切りがショックで性格が歪み、世の中を擦れた目でしか見られない捻くれた大人になっていたような気がする。嫌だなぁ、そんなシズちゃん。
でも、このシズちゃんが嫌かと聞かれたら、残念ながら俺は首を縦に振る事が出来ない。
やっぱり、高校生の俺は子どもだったというわけだ。あの頃は、こんな純情ぶったシズちゃんを見る度に鼻で笑っていたと思う。
けれど、今はどうだ。あれから散々、世の中の汚い面だとか、軽薄で醜い、それでいて愛すべき人間を観察し続けてきた俺の目には…こんなピュアなシズちゃんが眩しく映る。ていうか、可愛い。このまま育たなければいいのに、と心から思わなくもない。だってアレだよ?完成形は人の顔を見るなりポストとか、ゴミ箱とか、公園の滑り台とか投げつけてくるようになるんだよ?このシズちゃんの方が1000倍可愛い。
そういや、今の上司は中学の頃の先輩だとか言ってたよね。俺がシズちゃんをハメた後、無職で困っていた所に声をかけたらあんなに懐いたわけだ。
それなら、俺がその立場を頂くとかもアリなんじゃないか?
この俺に最強の護衛が付く。
それってもう敵無しだよねぇ。
まじまじとシズちゃんを見つめていると、いつものように「なにガン付けてんだ?ああ?」とかブチ切れない高校生シズちゃんは、暫く不思議そうに俺と目を合わせた後「ああ、悪い」と言いながら、起き上がらせてくれた。
「………優しい」
「あ?普通だろ」
そんな事ない。
普段のシズちゃんだったら、嬉々として俺にとどめを刺してる。まぁ、それくらい憎まれているのは全部自業自得なんだけどさ。それにしたって、毎回毎回毎回ノミ蟲だとか、死ねとか殺すとか敵意に満ちた態度しか見てこなかった俺には、このシズちゃんの態度は新鮮だ。
「………臨也」
「なに?」
シズちゃんが、いつになく真剣な顔で俺を見ていた。
「もう一度聞く。その足、誰にやられた?」
だから君だって、と俺の口は動きはしなかった。不覚ながらその怒りを押し殺した声に、思考の殆どが持って行かれる。
「………仕返し、してくれるの?」
「っせぇよ。ただ、聞きたいだけだ」
昔の俺は、バカだったんだなぁ。
彼にぶつけるべきは、武器でも思惑でもなかったのに。
「…んー。無理かな」
「ああ?俺が負けるとでも思ってるのかよ?」
「まさか。シズちゃんが負ける所なんて想像出来ない。…こっちの話だよ」
「…?」
好きな事をやっているつもりだった。
でも、俺はほんの少し、疲れていたのだろう。
誰かの、純粋な優しさに触れるなんて――本当に久しぶりで。
今の俺には、この優しさを馬鹿にする事も、利用する事も出来そうにない。
「――仕返しなんて、いいよ。それよりシズちゃん、新羅のトコまで連れてって?」
「………、……ああ」
暖かい背中に体重を預け、シズちゃんの肩口に顔を埋める。優し過ぎて、調子が狂う。
「こら、ちゃんと腕回しとけ」
「………うん」
昔のバカな俺が、シズちゃんの優しさを鼻で笑う程捻くれていて良かった。
(この優しさに長く浸ったら、俺はずっと弱くなってた)
作品名:純情高校生と情報屋さん 2 作家名:サキ