イタマナイ。
ごろごろ、ごろごろ。
ごろごろしている。
互いのしっぽを踏んづけても、耳を噛んでも、悲鳴が漏れることはない。
制止がない(ヤマナイ)、際限がない(トマラナイ)、感覚がない(ワカラナイ)。
逆に、どんなに苛めても、苛められても、甲斐がない。
己で己を傷つけても。
「つまんないよな」
ヨウジのしっぽが背中をぶつ。
主のいない部屋の真ん中でふたり、我が物顔に寝そべって。
隣に寝そべる背中に顔を乗せる。
「つまんないな」
「なァ」
相槌を打つ背中にやせた肘を乗せ、あごを支え、背中を移動する。
『痛い』という声はない。
おれたちは強いのかもしれない。
頑丈なダンボール程度には。
感覚が、あったとしたら、まだ楽だったろうに。
「やることねぇな」
「ないよ」
嘘だ。次に進むための道ならいくらでもある。
それがたとえ霧に包まれていようと。
道をふさがれたこの場所でさえ。
それでも、きちんと整えられた本棚に手を伸ばす気にさえなれないのは何故なのか。
やることなら、その気になれば、いくらでも。
「やりたいこともないし」
「あ!」
おもむろに立ち上がったヨウジが果物ナイフを持ってきた。
痛みが快楽になることもあるらしい。
大人のアイツが嫌な薄笑いを浮かべて言っていた。
いやにやさしく自分の首筋を撫でつつ。
本当は痛くてやってられないようなことでも、それがしなければならないことなら、いくらでも脳がごまかしてくれる。
生存のために。
『しなければいけない』という苦痛さえ、甘美なものだ、と。
逃避の道でさえ、ひとつの道には違いない。
「リンゴでーす」
「リンゴォ」
ヨウジはナイフと反対の手で林檎を握り、掲げる。
そしてすべりこむようにナツオの隣へ。
飛びついたひょうしに指をかするナイフ。にじむ血。
何事もなかったかのように続く会話。
「まっずそうーっ」
「まずそう!」
「むこう、むこう」
「むきたい、むきたい」
流れる血は、なんの贖罪にもならない。
許されることのない、この想い。
己にすら。
永遠に変わりのない、痛みのない痛み。
最初から、おれたちにその道がないとしても。
あらかじめ死んだように生きる。
冷たい包帯のように。
戦う。
使い古されたぬいぐるみみたいに。
道ひとつないみたいに。
(おしまい)