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イラナイ。

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 がぽっと冷蔵庫を開けて覗きこみ、中をあさる。
 そうしながら、背後に向けて、聞こえよがしの大きな声でつぶやいた。
「なァんだかんだ言って、いろいろあるよな。ソウビんち」
「なんだかんだって……」
 腑に落ちない様子で振り向くソウビ。
「そんなにいろいろ言ったっけ?」
 問われたヨウジはパタリと冷蔵庫を閉め、ニヤリと笑う。
「言った」
「何を?」
「不健康なこと」
「えっちなこと」
 口を挟むナツオの言葉に、ソウビは含み笑う。
「……それは健康なんだよ」
 『ええーっ』とブーイングが起こる。
 ヨウジとナツオは寄り添うと顔を突き合わせて大声で話し合った。
「なんかちゃんとした飯食ってるやつって健康そうだよな」
「そうそう!」
「しっかり太っててさァ」
「ほどほどにね」
 遮るようにそこに声が割り込む。
「それは健康なんでしょ」
 ソウビがさらっと言って、くるっとふたりが振り向く。
「ソウビって不健康そうじゃん」
「不健康だろ」
 面白いおもちゃを見つけたというようにはずんだ声のふたりとは違い、ソウビはもう興味が失せたかのようにそっぽを向いてぼそっと答えた。
「健全じゃないだけ」
「同じじゃんかーっ」
「違うよ」
 ぼそっと返し、思い直したように続ける。
「広くは一緒だけど、全然違う」
「適当なこと言って」
「ずるいよな」
 ふたりの非難にも似た冷たい視線にも余裕の含み笑い。
「信用ないね」
 ナツオとヨウジの声が重なる。
「ない!」
 きっぱりと。
 ソウビがふたりを振り向き、くすっと笑った。
 きらりと瞳を輝かせる。
 挑戦的に。
「信用のないやつの家にいていいの?」
「……」
「……」
 うっと口を閉じてぐっと押し黙る。
「……わかってないね、お前たち」
 ソウビはきれいな笑顔を浮かべて、ふたりに歩み寄ると、ぐいっとふたりの腕を引っ張った。
「俺がひどいことしたらどうするつもり?」
「やっつける!」
 即座に言い返し、ヨウジがぶんと腕を振る。
 それほど強くつかまれていなかった腕は簡単に振り切れ、反動がソウビに返る。
 やり過ごし、ソウビはパッとナツオの腕も放した。
 そしてふたりに背を向ける。
「そう思うなら、ここにいるべきじゃない」
 背中が言う。
 そしてソウビはふたりのほうをもう見ることもせず部屋を出ていく。
 見送ったヨウジは悔しそうに舌打ちした。
「くっそー! ソウビのやつっ、なんなんだよ!」
「……たぶん、ソウビの言うことは、正しいんじゃないかな」
「ナツオ?」


 信用するということは、運命を共にすること。

 相手にすべてを賭けること。
 運命を受け入れる、そういうこと。
 積み上げていくコイン、それが信用。
 途中で抜け出すことなどできないゲーム。
 『信用できない』ではゲームに参加すらできない。

 もっとも、とうにチケットは手放した、そんなふたりだ。



「ソウビは不健全で健康かも」
「かも」
 ナツオと意見を交わした後のヨウジは素直にうなずく。
「でもいずれにせよソウビはうさんくさい」
「うさんくさいよなーっ」
「うんうん」
「おれたちはここにいるからいるだけで」
「いなくたって別に」
「そうそう」
 強気に軽く言い放って笑う。
 ふたりの前にコインはない。
 いくらかけてもゼロなのだ。



(おしまい)
作品名:イラナイ。 作家名:野村弥広