惑星キミ
普段、起きているときはその調った顔は大人のような表情を浮かべているのに、こうして見る寝顔は年相応のもので。
可愛くて、愛しくて、恋しい長太郎。
あまりに心地好さそうに眠る長太郎のアッシュの髪を指で摘んで、軽く引っ張ってみる。
「ん……っ」
軽く身じろいで眉をひそめた長太郎に、宍戸は少し慌てて指を離す。
そしてまたすぐに規則正しい寝息を立て始めた相手に、内心ほっとして息を吐いた。
額にかかってくる長い己の髪を掻き上げて、宍戸はベッドサイドの大きな窓に目をやる。昨夜閉め忘れたカーテン越しではない、闇の中、濃い影を落とす正体。
白い、大きな満月。
冬の凍えた空気は張り詰めていて、夜の空は濃い藍色。夏の夜空と違い塵の少ない空は、小さな星までが瞬く。月の光に負けぬように。
「どうしたんですか…?」
その問いかけの形を成した言葉に、宍戸は隣で寝ていたはずの相手を見た。
「長太郎……」
少し眠たそうにしている顔があって、宍戸は微笑を浮かべる。
「起きてたのか?」
「…今起きたんです」
欠伸が混じる声が可愛い。
「…なに見てたんですか?」
うつ伏せに寝転がったまま、長太郎はベッドの上で片膝を立てて座っていた宍戸の腰に腕を回してじゃれ付いてくる。その幸せそうな顔を見てしまっては、この腕を嫌がることなどできない。
くしゃっと乱暴にその頭を撫でて、再び視線を窓の外へと向けて、宍戸は答える。
「……月だよ」
宍戸の視線につられるように、長太郎も視線を窓の外へ向けた。
「大きな満月ですね。お皿みたい」
長太郎の素直な感想に、宍戸は軽く吹き出した。
確かに白く光を放つ――正確には太陽の光を反射しているのだが――大きな満月は、つるっとしていて皿のように見える。
「月って、ずっと地球に同じ面ばっか向けてんだっけ…」
宍戸はぼんやりと言う。確か、地理の授業で習った気がする。
「地球と自転の速さが一緒だから、同じ面しか見えないんですよ」
宍戸の言葉を足すように、長太郎が答える。
「宍戸さんは地球ですね」
「は…?」
長太郎の言葉に宍戸は顔をしかめて、長太郎を見た。
長太郎はその顔に、穏やかな笑みを浮かべている。じゃれついて越しに回した腕に、ぎゅっと力を入れて。
「俺は宍戸さんの月。宍戸さんの引力に引かれて、離れられなくなっちゃった」
幸せそうに笑うその頭を、ポカっと殴る。
「あほ……」
「痛いなぁー…、俺は真剣のに……」
言いつつ、その笑顔は幸せそうで。
思わず頬が緩むのを止められない。
こうやってじゃれ付いてくる長太郎との、この時間が好き。少し気だるい身体は置いておくにしても、この瞬間は幸せで。
いっつも同じ笑顔で、何時の間にか俺の側に居る。
その笑顔がないと俺はどこか不安で、どこか淋しい。
地球は月に恋をしてる――だから、その引力で月を離そうとしない。
でも実際の月は、1年にほんの少しずつ地球から遠ざかっている。確実に、少しずつだけど。
いつか、この関係にそんな終わりが来るかもしれない。
その時が来ても、きっと長太郎を手放せない。手放したくない。
このまま、この引力に捉まったままでいてほしい。お互いの引力で、ずっと離れないように互いを引き合っていてほしい。
だって、俺は長太郎に恋してるから……――
04,2,10