Standing on the dream
何と素晴らしい響きの言葉だろう。
焦がれて焦がれて、手に入らなかったこの2年、まさか、当の阻んできた男の手によってもたらされることになろうとは思いもよらなかった。
望んでいた球は、全く望まぬ形で、俺の足下に転がってきた。
「……で、例によって不機嫌、と」
ミーティング後の自室、といってもそこは悲しき寮生活。
狭苦しい4人部屋で、ルームメイトの島野、小池、松木に囲まれて呆れ顔を向けられる俺。
「またかよ、こいつは」
「不満なんて数え上げたらキリないだろーに」
「贅沢ぬかすのも程々にしろって」
お優しいお友達の、ありがたい言葉の数々を受け、ますますイライラがつのる。
「じゃあ、お前らはタケシが出場停止くらって司令塔の立場が回ってきたら嬉しいと思うんだな?」
「あーまあ、確かにな」
「いや、ラッキーなんじゃね?」
真逆の反応を示す、温厚そうに見えてプライドの高い島野と、プレイスタイルと違ってひたすらマイペースな小池。
小池の言葉に一瞬、皆押し黙る。
当の小池はしれっと
「どんなチャンスもチャンスには変わりないだろ?」
「いやいやいや! そうかもしれないけど! 反町もガキ過ぎるけど! でも違うだろ!?」
我にかえった松木がさりげなく酷いことを言いながら全力否定する。
「まあなー。そういう風に言われると反町の気持ちもわからなくはないけどな」
「だろ!?」
俺肯定路線に転換した島野の言葉に勢いこむ。
「名門・東邦のセンターフォワードなんて、そりゃなりたかったさ! でもそれは実力で、であって、こんな棚ぼたは望んでないわけよ! わかる!?」
「わかんね」
小池にあっさり返され、俺の毒気が少し抜けた。
小池は椅子に逆向きに座り、背もたれに腕と顎を乗せて左右に揺れながら言った。
「反町、お前が言ったように、東邦は、修哲のおかげで優勝こそなかったが準優勝は当たり前、高校、大学に至っては常に無敗の名門校だぜ? 今だってうちの部に何軍まであると思ってんだよ。俺ら全員、一軍で居続けてることがどれだけすごいことか、わかってるか? 正直、日向さんも大空翼も規格外。反町は競べる相手を間違ってる。実際、翼のいない南葛と日向さんのいない東邦で闘ったら、どっちが勝つと思うよ?」
「そりゃ、俺らに決まってるだろ」
自信満々に松木が答える。横では島野も頷いている。俺も、南葛の布陣とうちの布陣と自分のプレーを思い浮かべながら納得しかけるが、東邦との因縁浅からぬ中学の初等部出身の南葛中学仲良し3人組が浮かび、微妙な顔つきになる。
そんな俺に気付いて島野が苦笑する。
「ほんと、反町は無駄にネガティブだよな」
うるせえ。お前らの前でだけだわ。
小池の言うことは一理ある。一理あるけど、競べる相手を間違った覚えはない。
「そのくせ、無駄にプライド高いしな」
俺の考えを見透かしたように、島野は畳み掛ける。
「まあ、でも、そのプライドの高さはいいんじゃないの」
「それでこそ反町、ってとこか」
小池の言葉に松木が答える。
「それもあるけど、目標が高いのは個人的に羨ましい。あと、さっきの話に戻るけど、反町がそうやって高みを目指しながら活躍してくれれば、本来の東邦の姿を見せられる気がする」
「本来の東邦?」
「ああ。さっきも言ったように、日向さんは規格外。強いし上手いけど、監督が目指す東邦の色とは違う気がする。そこにきての日向さんを試合で使わない発言だろ。反町だけじゃなく、俺らにもチャンスなわけよ」
「日向さんがいなくても東邦は強いってのを見せられる、ってことか」
「そうそう。だから頑張れよ、反町」
「目指せ得点王! ってか?」
小池の言葉を受けて、松木が大笑いしながら言う。
……ったく。皆して他人事だと思いやがって。裏を返せば『躓いたら俺のせい』じゃねーか。確かに、そんな失態は見せる気もねーけど。
ありがたくて泣けてくる上に、ウジウジ悩んでるのが馬鹿らしくなってきたじゃねーか。
こうなったら、やってやろうじゃねーか、得点王。日向さんも翼も見てやがれ。反町一樹ここにあり、だぜ。
end
作品名:Standing on the dream 作家名:坂本 晶