Dorris Day
全日本ジュニアユースに選抜されてわかったことがひとつある。
日向さんも北詰監督も、存外常識人だった。
日向さんは、個人では無茶苦茶な練習を重ねるけど、同じことや量を俺達に強いたりしない。
北詰監督も、無駄に競争させることや、闘争心を煽るような真似はしない。
名門・東邦学園は、スポーツ常勝校のくせに温い環境だったのだと、痛いくらいに知った。
そんな合宿1日目。
うん、翼率いる南葛中も、あの若林を育てたという三上監督も、正直おかしい。
そんな連中に囲まれてサッカーしてきた南葛の連中も、当然おかしい。
何なの、あの終わりの見えない練習量は。
あの、『人を見たらライバルと思え』みたいな状況は。
スタミナ面ではふらのの連中も大概おかしいけど、あいつらは人が良いからまだいい。早田とか沢木とか石田なんか、ゼーゼー言いながらも対抗心バチバチ、無駄に煽られてんじゃん。
その横を和気あいあいと通り過ぎる南葛連中のスタミナと精神力は、ぜーったいにおかしいって。
「……と、客観視する余裕のある俺らも大概だぜ、反町よ」
三々五々、上がるのを見送りながら、俺の呟きに付き合っていた小池がボソッと突っこんだ。
もちろん、俺も小池もやせ我慢に近い。本当はあいつらと同じくらいゼーゼーしたいし、ライバルには睨みをきかせたい。
が、そこはそれ、『純粋培養のお坊っちゃん』『(実際はそんな無茶なスカウトしてるわけではないのに)金で選手を買ってる』などと揶揄されることも多い都会の名門校のプライドってやつで。
準決勝からこっち、沢木に睨まれっぱなしでいいかげんうんざりしているのもあって、変な対抗心には巻きこまれたくなかったし、かっこ悪いところも見せたくなかった。
「うっせ。俺らもそろそろ行こーぜ」
人を見透かしように笑う小池を尻目に、皆の後に続いて宿舎内に入る。
大会から間を空けずのハードな日程に選抜のプレッシャーはあるものの、合宿という、日常とは異なる雰囲気から来る解放感に沸き立つ者多数、今更感満載な俺ら5人。
これで、部屋割りも小池と同室とかなら、気楽なことこの上なかったんだが、誕生日順に割り当てたとかいう並びで変なのとご対面とならなかっただけでもマシだと思おう。
小池と風呂場で落ち合うことにし、割り当てられた自室に向かう。
同室の早田は先に風呂に行ったのか部屋にはおらず、俺は何となくホッとする。
着替えを持って風呂に向かうと、広い浴場ながらもそこそこ混んでいた。
初日ということもあり、大体は自分の学校の奴と固まっている。
立花兄弟が猿のようにはしゃぐ中、一緒に騒ぎそうな石崎が意外にもおとなしい。
浴室に入ってから、ちゃんと体を流せだのタオルは浴槽に浸けるなだの小うるさくしては南葛の連中にからかわれていて、そこで奴の実家が銭湯だと知り、生活環境ってのは出るもんだと妙に納得する。
食堂の飯は予想以上に美味しく、栄養バランスもよく気遣われている感じだった。
いつもの癖で無駄口を叩くこともなくさっさと食べ終わる俺達5人を、呆気にとられたように南葛とふらのの連中が見つめる。
小池は後で、同室の小田から『普段は口も聞かないほど仲が悪いのかと思った』と言われた、と苦笑していた。
ミーティングまでは寮と同じく自由時間。何となく部屋にいる気にもならず、談話室でサッカー雑誌なんかを眺めながらダラダラと過ごす。
と、そこには今は見たくない『奴』の顔。へーへー、スーパープレイヤー様は中学生でも大きく扱われて凄うござんすねぇ。と、隣に載る我がキャプテンに目を移しつつ卑屈に思う。
今回の大会は我ながらかなり頑張ったし良い線行ってたと思う。
けど、蓋を開けてみれば、決勝戦はやっぱりあの2人の独壇場で、大会MVPも得点王もいつものあいつで。
俺の頑張りなんて、世間的には欠片も評価されちゃいなかった。
「あーあ。っとに、ふざけんじゃねえっつーの!」
雑誌を置いて大きく伸びをした腕が、後ろにいた誰かに当たる。
「あ、すまん」
振り仰ぐと、相変わらずピリピリした雰囲気の剃刀ファイターだった。
「ええよ別に。それよか自分、俺のこと避けてへんか?」
「何で?」
わざときょとんと答える俺。
「せっかく同室になったことやし、挨拶して親睦でも深めよ思たら、何や東邦の連中で固まってワチャワチャしとるわ、飯の後も部屋にも戻らんとこんなところで油売っとるわ、避けられてると思うやろ、そら」
親睦って、お前がその顔で言うと何か怖いわ、とはおくびにも出さず、
「……あー、だって、なあ?」
言葉を濁した。
「何や」
「……怒るからやっぱりやめとく」
「怒らへん。何や」
既に怒っているようにしか聞こえない口ぶりの早田。
「本っっ当に怒らない?」
「怒らへんって! 早よ言えや」
「じゃあ……。だってお前、練習ん時からずっと、すっげーピリピリしてるんだもん。怖くて近寄れないわ」
「そら選抜メンバーがかかってるんや。ピリピリもするわ」
早田が不機嫌そうに答える。
そういえば、東一中と比良戸中は今大会のダークホースとか言われてたっけ。比良戸組はわりかしマイペースだけど、早田はチームメイトもなく1人だもんな。こいつはこいつなりにプレッシャーとか感じてるのか? 意外と繊細なのね。
「そんなもん、皆やることやった上でここにいるわけだから、なるようにしかならないだろ」
とはいえ、ピリピリしたのは勘弁してほしい。半分、自分に言い聞かせるように言うと、早田の表情から険が取れた。
「自分、チャラく見えて意外と冷静やな」
「チャラくって……失礼な。うちはまあ、元が大所帯でレギュラー争いが激しいし、おまけに日向小次郎っつー不動のエースストライカーがいるからな」
条件は皆同じ。チームとして動けるか否か、技術やスタミナがレギュラーたる技量に達しているか。
信念曲げたことを理由に勇退した恩師の言葉を思い返す。
「そうか。俺はそないにイキっとったか」
早田が俺の隣にすとんと腰を下ろす。
俺は早田の肩を叩きながら、
「ほれ、肩ガッチガチ。こんなんじゃ曲がるシュートも曲がらないぜ」
「うっさいわボケ。自分かてさっき何や毒づいとったやろ」
軽口を叩いたら、ようやくふざけ半分の言葉が返ってきたが、そこは触れちゃいけねーよ。
俺はさっきのムカつきを思い出し、少し不機嫌になる。
「あーあれね」
「翼のページ、見とったな」
あ、聞きたくない名前を言いやがった。
「まあな」
「それこそ、考えるだけ無駄やろ」
他人事だと思いやがってにべもない。
「無駄かねぇ」
「そら、バケモンと比較しても仕方ないやろ」
こいつまで、どこぞの親友共みたいなことを言う。
「でも」
「自分が言うたんやろ『なるようにしかなら』んって」
まあね。頭ではわかっちゃいるさ。
Que Sera, Sera, Whatever will be, will be
いつか観た映画の歌が頭をよぎる。
The future’s not ours, to see
Que Sera, Sera What will be, will be.
未来は見るもの。なるようになる。
やけっぱちでも諦感でもなく、悔しい思いをする度に、何度も繰り返した言葉。
日向さんも北詰監督も、存外常識人だった。
日向さんは、個人では無茶苦茶な練習を重ねるけど、同じことや量を俺達に強いたりしない。
北詰監督も、無駄に競争させることや、闘争心を煽るような真似はしない。
名門・東邦学園は、スポーツ常勝校のくせに温い環境だったのだと、痛いくらいに知った。
そんな合宿1日目。
うん、翼率いる南葛中も、あの若林を育てたという三上監督も、正直おかしい。
そんな連中に囲まれてサッカーしてきた南葛の連中も、当然おかしい。
何なの、あの終わりの見えない練習量は。
あの、『人を見たらライバルと思え』みたいな状況は。
スタミナ面ではふらのの連中も大概おかしいけど、あいつらは人が良いからまだいい。早田とか沢木とか石田なんか、ゼーゼー言いながらも対抗心バチバチ、無駄に煽られてんじゃん。
その横を和気あいあいと通り過ぎる南葛連中のスタミナと精神力は、ぜーったいにおかしいって。
「……と、客観視する余裕のある俺らも大概だぜ、反町よ」
三々五々、上がるのを見送りながら、俺の呟きに付き合っていた小池がボソッと突っこんだ。
もちろん、俺も小池もやせ我慢に近い。本当はあいつらと同じくらいゼーゼーしたいし、ライバルには睨みをきかせたい。
が、そこはそれ、『純粋培養のお坊っちゃん』『(実際はそんな無茶なスカウトしてるわけではないのに)金で選手を買ってる』などと揶揄されることも多い都会の名門校のプライドってやつで。
準決勝からこっち、沢木に睨まれっぱなしでいいかげんうんざりしているのもあって、変な対抗心には巻きこまれたくなかったし、かっこ悪いところも見せたくなかった。
「うっせ。俺らもそろそろ行こーぜ」
人を見透かしように笑う小池を尻目に、皆の後に続いて宿舎内に入る。
大会から間を空けずのハードな日程に選抜のプレッシャーはあるものの、合宿という、日常とは異なる雰囲気から来る解放感に沸き立つ者多数、今更感満載な俺ら5人。
これで、部屋割りも小池と同室とかなら、気楽なことこの上なかったんだが、誕生日順に割り当てたとかいう並びで変なのとご対面とならなかっただけでもマシだと思おう。
小池と風呂場で落ち合うことにし、割り当てられた自室に向かう。
同室の早田は先に風呂に行ったのか部屋にはおらず、俺は何となくホッとする。
着替えを持って風呂に向かうと、広い浴場ながらもそこそこ混んでいた。
初日ということもあり、大体は自分の学校の奴と固まっている。
立花兄弟が猿のようにはしゃぐ中、一緒に騒ぎそうな石崎が意外にもおとなしい。
浴室に入ってから、ちゃんと体を流せだのタオルは浴槽に浸けるなだの小うるさくしては南葛の連中にからかわれていて、そこで奴の実家が銭湯だと知り、生活環境ってのは出るもんだと妙に納得する。
食堂の飯は予想以上に美味しく、栄養バランスもよく気遣われている感じだった。
いつもの癖で無駄口を叩くこともなくさっさと食べ終わる俺達5人を、呆気にとられたように南葛とふらのの連中が見つめる。
小池は後で、同室の小田から『普段は口も聞かないほど仲が悪いのかと思った』と言われた、と苦笑していた。
ミーティングまでは寮と同じく自由時間。何となく部屋にいる気にもならず、談話室でサッカー雑誌なんかを眺めながらダラダラと過ごす。
と、そこには今は見たくない『奴』の顔。へーへー、スーパープレイヤー様は中学生でも大きく扱われて凄うござんすねぇ。と、隣に載る我がキャプテンに目を移しつつ卑屈に思う。
今回の大会は我ながらかなり頑張ったし良い線行ってたと思う。
けど、蓋を開けてみれば、決勝戦はやっぱりあの2人の独壇場で、大会MVPも得点王もいつものあいつで。
俺の頑張りなんて、世間的には欠片も評価されちゃいなかった。
「あーあ。っとに、ふざけんじゃねえっつーの!」
雑誌を置いて大きく伸びをした腕が、後ろにいた誰かに当たる。
「あ、すまん」
振り仰ぐと、相変わらずピリピリした雰囲気の剃刀ファイターだった。
「ええよ別に。それよか自分、俺のこと避けてへんか?」
「何で?」
わざときょとんと答える俺。
「せっかく同室になったことやし、挨拶して親睦でも深めよ思たら、何や東邦の連中で固まってワチャワチャしとるわ、飯の後も部屋にも戻らんとこんなところで油売っとるわ、避けられてると思うやろ、そら」
親睦って、お前がその顔で言うと何か怖いわ、とはおくびにも出さず、
「……あー、だって、なあ?」
言葉を濁した。
「何や」
「……怒るからやっぱりやめとく」
「怒らへん。何や」
既に怒っているようにしか聞こえない口ぶりの早田。
「本っっ当に怒らない?」
「怒らへんって! 早よ言えや」
「じゃあ……。だってお前、練習ん時からずっと、すっげーピリピリしてるんだもん。怖くて近寄れないわ」
「そら選抜メンバーがかかってるんや。ピリピリもするわ」
早田が不機嫌そうに答える。
そういえば、東一中と比良戸中は今大会のダークホースとか言われてたっけ。比良戸組はわりかしマイペースだけど、早田はチームメイトもなく1人だもんな。こいつはこいつなりにプレッシャーとか感じてるのか? 意外と繊細なのね。
「そんなもん、皆やることやった上でここにいるわけだから、なるようにしかならないだろ」
とはいえ、ピリピリしたのは勘弁してほしい。半分、自分に言い聞かせるように言うと、早田の表情から険が取れた。
「自分、チャラく見えて意外と冷静やな」
「チャラくって……失礼な。うちはまあ、元が大所帯でレギュラー争いが激しいし、おまけに日向小次郎っつー不動のエースストライカーがいるからな」
条件は皆同じ。チームとして動けるか否か、技術やスタミナがレギュラーたる技量に達しているか。
信念曲げたことを理由に勇退した恩師の言葉を思い返す。
「そうか。俺はそないにイキっとったか」
早田が俺の隣にすとんと腰を下ろす。
俺は早田の肩を叩きながら、
「ほれ、肩ガッチガチ。こんなんじゃ曲がるシュートも曲がらないぜ」
「うっさいわボケ。自分かてさっき何や毒づいとったやろ」
軽口を叩いたら、ようやくふざけ半分の言葉が返ってきたが、そこは触れちゃいけねーよ。
俺はさっきのムカつきを思い出し、少し不機嫌になる。
「あーあれね」
「翼のページ、見とったな」
あ、聞きたくない名前を言いやがった。
「まあな」
「それこそ、考えるだけ無駄やろ」
他人事だと思いやがってにべもない。
「無駄かねぇ」
「そら、バケモンと比較しても仕方ないやろ」
こいつまで、どこぞの親友共みたいなことを言う。
「でも」
「自分が言うたんやろ『なるようにしかなら』んって」
まあね。頭ではわかっちゃいるさ。
Que Sera, Sera, Whatever will be, will be
いつか観た映画の歌が頭をよぎる。
The future’s not ours, to see
Que Sera, Sera What will be, will be.
未来は見るもの。なるようになる。
やけっぱちでも諦感でもなく、悔しい思いをする度に、何度も繰り返した言葉。
作品名:Dorris Day 作家名:坂本 晶