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「何してんだテメェ」
 昼休憩。
 図書館で時間を潰していた忍足に、口の悪い言葉が降ってきた。顔を上げなくても解かるその少し鼻にかかった甘い声、外見に似合わぬ汚い言葉。
 忍足はのそのそと顔を上げる。
「…跡部か」
「声でわかんだろ」
 見下ろしてくる顔は少しばかり軟らかな苦笑の形を作っていて、授業中にかけていると聞いた銀の細いフレームの薄い楕円の眼鏡――実は視力は良くはなく、あの青い目はコンタクトと聞いて妙に納得した――をかけていた。
 手にした大きな分厚い本。年期のいっている、汚れたカバー。蘇芳色の布地の表紙に金糸で施された刺繍。タイトルの文字から洋書、だということは解かる。
 額にかかる長い髪を掻きやって、鼻にずり落ちた眼鏡の隙間から上目に見上げる。
「やけに難しそうな本読んでんねんな。仏語か?」
「独語だ。習ってんだろ、解かれよ」
「俺は選択取ってへんもん」
「………」
 彼は片眉をややしかめて、向かいの席に座った。

 窓の横の机。暖かな陽が、影を落とす。
「図書館に居るなんて珍しいな」
 本の頁をめくりながら言う、跡部の静かな声。
 めくられた本から、古い本独特のカビ臭いにおいがする。
 忍足はというとダルそうに片手で頬杖をついて、ぼんやりと向かいの調った顔を見る。
 視線を本に落とした伏せられた眼。飴玉みたいな瞳の淵を飾る睫毛は、そこらの女よりも長い。右の頬というより目の下にある、小さなホクロ。すっと伸びた鼻梁、型の良い唇……――
 やや乾いた唇から洩れる声は媚薬のように甘いのに、紡がれる言葉は劇薬のように辛辣。
「休憩時間に跡部が何してんのか知りたなってん」
「あーん? なに訳わかんねぇこと抜かしてやがる……」
 さらりと言った忍足の言葉に、跡部は眉根を寄せる。
 跡部の一番綺麗な顔は、不機嫌なときの顔。
 不機嫌に寄せられた眉根の短い縦じわと、細められ険しくなる眼。その調い過ぎた人形のような顔が、一番人間味を帯びる瞬間。
 あまりにも存在が遠くて。
 学校に居るときも、ましてテニスをしているときは余計に。
 跡部の世界は常に上だけに向いていて、他の者は入ることすら適わない。
 心に触れられることを何より嫌うから、意地でもそこを覗いて見たいと忍足などは思うけど。
 そこを覗いてしまったら、きっと色んなものに飽きてしまう。
 だからこのままの距離でもいいと。
「今日は割かし正直なんやけど?」
 君と僕たちのあいだに在る、目に見えない境界。
 それがあるから、君は誰よりも輝いている。





04,2,11
作品名:ボーダーライン 作家名:夏見冬夜