黄昏のなかで。
ヨーロッパのバロック建築のような天井の高い建物。所蔵する本は国内外問わず、幅広いジャンルのものがある。調った環境に、そこらの大学付属図書館を遥かに凌ぐ所蔵数だ。
季節は夏から秋へと移ろい行く頃。日中はまだ残暑が厳しい日もあるが、夕暮れが迫るこの時刻になると、風は冷気をおびだして肌寒く感じられる。
少し埃っぽく、独特の黴臭い匂いが充満している。
大きな窓の側に設えられた読書スペースの六人掛けの机の上、いくつもの参考書を広げている人影。
部活後、日吉はたまたま返却期限が迫っていた本を持って、図書館に足を運んだ。返却スペースに本を返したところで、見知った後ろ姿に気がついたのだ。
ローファーの踵が硬質な音をたてる。無駄に高い天井に反響して、他に物音の無い図書館の中、異様なほどに大きく耳に届く。
カツン……――
もう、すぐ手が届くというところで日吉は足を止めた。これ以上は無理だ。
「滝先輩」
座っている相手を見下ろして背後から、呼んでいたように名前を呼ぶ。
「…………」
少し待ったが、何の反応も返ってこない。
(……無視か……)
むっとした。
嫌っている人ではなかったし、嫌われていると思っていなかったから。むしろ、日吉は好意に近いものを寄せていたのかもしれない。
椅子に座っている滝より少し離れて横を通って、正面へ立つ。この場面になってそれでも無視をしようというのなら、そうとうな根性の持ち主だ。そうとう嫌われていると思っていい。
視線を下げている滝に向かって、日吉は再び名前を呼ぼうとした。
――の、だが。
(……なんだ。寝てんのか……)
かくっ……と、滝の頭が舟を漕いだ。視線は伏せられているのではなく、閉じられている。聞こえる呼吸音は深いもので、規則正しく繰り返されていた。
日吉は床の上に音を立てないように慎重に、テニスバッグを置いた。そして滝の斜め向かいの椅子を慎重に引いて、日吉は座る。
かろうじて黄味をおびた光がガラス窓から斜めに差し込んでいて、机の上を夕陽色に照らしている。
夕陽に照らされた滝の灰焦げ茶色の髪は、淡いマロン色のようだ。伏せられた睫毛の先も同じように照らされて、黄色く光っている。
綺麗だと、思った。
未だ日差しきつい夕陽のせいか頬が熱くなった気がして、日吉は滝から視線を外す。
窓の外へ目をやると、空の高いところは深い藍色に変わり始めていた。太陽は校舎の陰に隠れて行って、黄色い日差しはもう届かない。
かろうじて空に残る黄色を、日吉は眺めた。
この全ての光が、闇に飲み込まれる前の時間が永遠に続けばいいと、日吉は思う。
少しずつ闇に侵食されていく空を見ながら。
滝が起きるまで、もう少しこのままで。
言わないし、認めないし、言うつもりも無い日吉の中にある感情。
(…闇に溶けてしまえばいい……)
そうすれば、こんなにも胸が苦しく、苦い気持ちを味わうことなど無くなるだろうに。
04,2,29