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空を駆ける

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アメリカ、ワシントン州のフェデックス・フィールドでは赤と青の横縞の旗が連なり、波打ち、観客達は沸きに沸いていた。
インターナショナル・チャンピオンズリーグのアメリカラウンド、バルセロナとは因縁浅からぬチェルシーとの一戦のその日は、世界を驚愕させた日本人プレイヤー、大空翼の誕生日でもあったからだ。
怪我の治療に専念するリバウールに代わり、スターティングからトップ下には翼の姿があった。
バルセロニスタだけに留まらず、在米日本人や翼の古巣であるブラジルの人々まで、一丸となってバルセロナを、翼を応援した。
鳴り止まぬ翼コールの中、翼は、守備に重きを置くチェルシーの布陣を翻弄するように縦横無尽、緩急自在にフィールドを駆け回り、攻撃的MFとしての実力を見せつけ、また、チームの司令塔として的確に仲間を配置し、連携する。
とはいえ、チェルシーの守りは堅く、勝利への執念もいつもどおり、『何が何でも点をもぎ取る』勢いがあった。
前半25分に翼が放ったドライブシュートからは、相手陣地までは回すものの、あと一歩を攻めあぐね、後半12分に得意のカウンターで同点に追いこまれる。
観客の熱狂も最高潮に達した後半40分、翼が逆転のオーバヘッドシュートを決め、試合はバルセロナの勝利で幕を閉じた。

日本時間、深夜3時をとうに過ぎた頃、早苗のスマートフォンから軽快な音楽が流れる。
「はい、早苗です」
「もしもし、早苗ちゃん? こんな時間にごめんね。起きてたの?」
さっきまで画面の向こうで走り回っていた、翼からの電話だった。盛り上がっているのか、周りが騒がしい。
「うん、大丈夫。試合観てたから。私こそ、遅くなっちゃったけど、お誕生日と、それから勝ち星、おめでとう。かっこよかった」
「ありがとう」
「今は? 勝ったお祝い?」
「ううん、それは優勝してからだよ。皆が俺の誕生日を祝ってくれるっていうんでパーティーの真っ最中」
「そっか。いいな。私も行きたかった」
「……うん。でも、早苗ちゃんはまずは体調第一だから」
喧噪の合間に聞こえる早苗の声に、翼もあの会場に早苗の応援が響いていたら、今、この場に早苗の姿があったら、どれだけ自分は励まされ、強くなれたろうか、と思う。そして、それは自分のエゴに過ぎないと思い直し、身重の妻に気遣いの言葉を掛ける。
「……うん。そうだね」
早苗の声も心なしか消沈気味に聞こえる。翼は慌てて、
「それに、今日は来てたら大変だったよ。誕生日パーティーっていうけど、全部俺持ちだし!」
「えっ。そうなの?」
「うん。スペインの習慣なんだ。誕生日は、誕生日の人がお祝いを振る舞うんだって。おかげで、さっきから呼ばれっぱなし」
「そうなんだ。じゃあ、早く戻らなきゃ」
翼の茶化した声に安心しながら、早苗も笑って答える。
「うん。でも、もう少しだけ、いいかな? 早苗ちゃんが眠いなら、切るけど」
「ううん。大丈夫。でも無理しないでね」
「早苗ちゃんと話せない方が、無理が出るよ」
電話の向こうで翼がははっと笑う。
周りからは早苗に気遣いないサッカー馬鹿だと思われがちの翼だが、実際は早苗にいつも、赤面するような言葉を真っ直ぐにスラスラと言ってくる。
それは、恥ずかしくも心地良くもあり、自分と翼だけの半ば秘密のやり取りだった。
今日の試合の話に始まり、大会の雰囲気や他チームの感想など互いの印象を交し合い、今の生活や体調の確認と労りの言葉を掛け合う。
早苗は「早く帰って来てね」という言葉をかろうじて飲みこむと、心の中で、スタジアムでサポーターとして応援している時の声を上げながら、
「次の試合も頑張ってね。優勝、楽しみにしてる」
「ありがとう。俺も、勝って早苗ちゃんに会えるのを楽しみにしてる。頑張るよ」
「うん」
翼と離れ離れでいる時間は長いが、未だに別れ間際には慣れず、口数が減ってしまう。
「早苗ちゃん、電話、出てくれてありがとう。誰よりも、君の声が聴きたかった。誰よりも、君に勝利を伝えたかった。誰よりも、君に祝ってほしかった。だから、本当に今日はありがとう」
「え……。ううん、私こそ、嬉しかった。それにしても翼くん、どうしたの?」
「何が?」
「今日は、いつもよりお喋りだから」
「ははっ。散々飲まされてるから、ちょっと酔ってるのかも。そろそろ皆が待ってるから、切るね。ごめん」
「ううん。翼くん、頑張ってね。……愛してる」
「うん。俺も、早苗ちゃんを愛してる。じゃあ、またね」
ひやかされる声に囲まれながら翼は電話を切った。
早苗はしばらく翼の声の余韻を確かめるように手の中の機械を見つめてから、窓の外を見上げた。
雲の切れ間から、満月に足りない月が輝いている。
空は果てなく、世界と繋がっている。早苗のいる日本と、翼のいるアメリカにも。
彼のその名のごとく、翼があったら、と思い、首を振る。
きっと彼は、早苗の翼では届かぬくらい先まで飛んで行ってしまう。
それを待ったり追いかけたりしながら、共に過ごすのだ。
ちょっと、サッカーと似ているな。翼と自分の関係を思い、早苗はクスリと笑った。

                                       end
作品名:空を駆ける 作家名:坂本 晶