二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

当該エラー、許容範囲

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「何をやってるんですか、貴方は」

目に痛い程真っ白な天井と同じ色の服を着た、ちびっこが嘆息する。
子どものくせに生意気だ、なんて思ったけど、こいつ俺と殆ど年変わらないんだよな。
今更過ぎる事実に苦笑する。くっくと喉を鳴らしたら、たったそれだけのことで腹が捩れて上げた口の端が引き攣れた。
込み上げてくるのは冷たい胃液。逆流してくるそれの苦さに吐き気を催して、俺は二、三度、咳をするようにえずく。慌てて口元を手で覆おうとしても、腕がピンと張って動かせない。そして吐こうにも胃の中は空っぽで液体しか出ない。顎を伝う透明な液はぽたぽたと垂れて、俺のものではない手の平を汚した。

「わ、るい……ごめ、え、うぇ……」
「問題ない」

しかし手の主は全く動じず、真顔でそれを受け止め続ける。
そりゃ防水仕様だし? 仮に内部浸透したって簡単に壊れるような構造じゃないし?
そもそも染みるような隙間なんて俺は作った覚えないけれど、だからって問題ないわけがない。俺の心情的な意味で。背中を撫ぜる手には温度なんてないけれど、それでもやっぱ申し訳なさが募るのだ。
「ワ、リィ……」ぜえぜえ喘ぎながらの謝罪は、横へ立つ相棒へ。「もう、治まった」そうして笑い掛けて見せると、相棒はそうか、と短く言った。黙って汚れた手を拭き始める。

「……何、やってんだろうな。俺」

ようやく呼吸が整って見渡した場所は狭くて白い病院の個室で、俺は遅れ馳せながら直斗の嘆息の理由を知った。

「本当ですよ。――P4、貴方の相棒の容態を言ってあげてください」
「労働過多と睡眠不足による過労、絶食による脱水症状で一週間の入院を通告された。因みに倒れたのは一昨日の夜だ。それからずっと、今日まで38時間55分14秒眠り続けていた」

言われて思い出す。……そういえば、最後に寝たのいつだったっけな。五日か六日前だったか。最後に物食ったのはそれよりもっと前か。
相棒に訊けば答えてくれるんだろうが、直斗の説教を食らうこと請け合いなので止めておく。
「P4はこう言っています。『相棒はデスクから殆ど動かなかった』と。仕事熱心なのは構いません。貴方の真面目な性格は僕も評価しています」
いや、仕事なんかじゃない。俺はただ自分のふとした思い付きを検証していただけだ。技術者には良くある悪癖だって、昔誰かしら言ってたな。考え出すと止まらなくってついつい睡眠も食事も抜いちまう。
随分昔、初めて自分でロボットを組み立てた時が正にそうで、両親に叱られたっけ。
「ですが、貴方の仕事はP4のエラーに二十四時間対応することであり、貴方が倒れてP4に看病されていては本末転倒でしょう」
そして今は直斗に咎められている。全然成長しちゃいない。眉間に皺を寄せた直斗に俺は返す言葉もない、が、言いたい言葉ならある。
「や、その、すみません……ってか直斗! ちょっと聞いてくれないか」
と話題を無理矢理変更させて奴の目を見詰める。アイスブルーの瞳が少し、驚いたように見開かれた。

「脊髄のケーブル、STCケーブルからLTCケーブルに変えられないか? 一見ダウングレードなんだけどさ、STCだと伝道損失高いんだよ。破れ易いしな。そこをLTCに変えてSTC並の反射速度に持ってけないか検証したら、基盤のPLSNを48個から54個に増やして配列変えれば計算上は現状の1.2倍出るって分かったんだ。
それと同時にソケットをDDS樹脂にしたいんだ。これ、実家で扱ってるヤツなんだけど伝道損失の少なさは世界レベルだぜ? 最近開発された新型が……」

興奮のあまり早口になって舌を噛みそうになった。どうしてこう専門用語って長ったらしくて言い難いんだか。
けどそんなのは大した問題じゃない。問題は俺の相棒の動作をどれだけ快適に出来るかだ。あと丈夫に出来るか。これすげー大事。シャドウと渡り合う為にってのもあるけど、それ以上にこいつの寿命に関わってくるからな。
精密機械である俺の相棒は、実際頑丈そうに見えて内部のケーブル一本切れるだけで動かなくなる危うさを秘めている。だから、少しでもそういう危険性を潰して長く『生きて』いてもらいたい。その為に尽力するのが俺の役割だと思っている。仕事とはまた別の、俺自身のエゴだけど出来る限り『元気で』いてほしいんだ。
「……まさかとは思いますが、花村技師……不眠不休でそれを検証していたわけですか?」
「思ってたよりも問題が多くてさ。一個ずつ消してくのが大変だったぜ」
無愛想で無感情で温度の無いロボットは、俺の一生涯の相棒だから。

「バカですか!?」

鼻の下を擦りつつ、胸を張った俺に直斗が激昂する。幾らちびっこでも怒ると怖い。細い眉を釣り上げて、大きな瞳は三角形に形を変えている。
毛を逆立てた猫みたいに吼えて詰め寄られて、たじろぐ。後退りをしようにもここはベッドの上だ。オマケに腕や鎖骨には点滴の管が付いていて手もろくに動かせやしない。いや何でこんなたくさん付いてんだマジに。電力補給のケーブルじゃねーんだから。

「貴方は良くやってくれています。先程も言ったように、僕は貴方を評価している。
P4のメンテナンスに関して僕は貴方に全幅の信頼を置いているし、貴方が言うからにはその案も近い内採用することになるんでしょう。
……しかし、P4に入れ込み過ぎてP4を蔑ろにするとはどういう了見ですか」
「蔑ろ、って……ちゃんと毎日エネルギーチャージも動作チェックもしてたぜ? データ測定も欠かさずやってるよ。……まあ、昨日や今日はぶっ倒れてたから、取れてないけど」
「だから言ったでしょう。貴方が倒れては意味がないのだと。……それから、蔑ろの意味が分からないようでしたら、本人の目を見てください」

ドスの利いた声に恐る恐る、視線を横へずらすとスレートグレイの双眸が待ち受けていた。
瞬き一つしない瞳はとても綺麗な強化レンズで、俺の像を鮮明に映している筈だ。じっと見詰めて動かない相棒を、俺もじいっと見詰め返す。涼しげな目元が僅かに歪んでいる、そのことを知る為に。逸らされない目の上にある眉が弱々しく下がっている、そのことに気付く為に。
「貴方が心配で、片時も離れませんでしたよ」
涙の出ない目の奥にある、こいつの感情を読み取る為に。

「…………相棒」
「………………」
「……えっと、ごめん、な? ……ほら、もう俺充分元気だから」
「さっき吐いた」

――結果、どうも恨む勢いで心配されていたらしいと悟った俺は、相棒の冷静な否定にうっと言葉を詰まらせる。この眼力、ホントロボとは思えねーわ。
じっとり睨み付けてくる目は退避を許さない。見詰め合ったまま、首だけ引いて言葉を探していると首元で点滴の管が小さな音を立てた。しゃら、と寝巻きの上を滑ったそれを顎で示して、にっこり笑う。珍しく、明らかに怪訝として表情を変えた相棒に俺は明るく言った。

「見ろよ、お揃い」

この後、一分程思考停止した相棒は唇をむずむず動かしてから渾身の力で俺を殴り付けた。パートナーを攻撃するだなんて重大なエラーである。