20歳 前編
大きな生簀に、釣竿を下ろした客が群がっている。
すずめは興奮して、
びょんびょんと跳ねていた。
「これ釣っていいの?!」
「釣ったら買い取りだから、
考えて釣れよ?」
「はわわわ!スゴイ!
アジだ!イカもいる!ヒラス!」
「こんな上から見て何の魚かわかんのかよ。」
「えっ、大輝わかんないの?」
「わかんねえよ。さかなクンか。」
都内のある居酒屋。
大きな生簀で釣りができるとあって、
最近人気のお店だ。
すずめは12月、大輝は2月に
ともにハタチになったので、
せっかくだから、大輝の誕生日は
お酒の飲めるお店に行こう、
ということになったのだ。
大輝の誕生日ではあるが、
このお店のチョイスは
すずめが喜ぶと思って大輝がした。
案の定、すずめの喜びっぷりは半端なかった。
「やった!イカゲット!」
「見て大輝!イカ!食べようね、コレ!」
釣ったイカをお店の人に渡すと、
厨房で捌いて持ってきてくれるらしい。
「はっ!大輝の誕生日なのに
わたしばっかり喜んでるね。」
「別に。…オレは酒飲んでるし。」
大輝にとっては、すずめの喜ぶ姿こそ
何よりのプレゼントである。
わーわー喜んでいる姿をみては、
大輝は1人、頬を染めていた。
「大輝はお酒強いの?」
「まだアホほど飲んだことねえけど、
数杯じゃ、全然酔わねえな。」
「大輝が酔ったらどうなるか、見てみたい…」
「介抱もできねえくせに。
オマエが酔いつぶれないか気になって
そんなに酔えねえわ。」
すずめはビールが苦手なので、
酎ハイを飲んでいるのだが、
ここの飲み屋は酎ハイが
中ジョッキで出てくる。
すずめにとっては量が多く、
4分の1ほどで、すずめの顔は真っ赤になった。
「オイ、大丈夫かよ?」
「うん?うーん、何かほわほわする。」
「マジかよ。早すぎんだろ。
一旦飲むのやめてメシ食え。」
「大輝と一緒だと
居酒屋もたーのしいねー?」
「は?///」
すずめは赤い顔でクスクス笑って言うが、
こっちはすずめが酔いつぶれやしないか、
気が気で酔えない。
そこへさっきすずめが釣ったイカが
刺身になって出てきた。
「オイ、来たぞ。イカ刺し!」
「うん、イカ刺し~~~イカ?!」
「!イカ刺しぃぃぃ!」
すずめは急に目を見開いて、
バクバクとイカ刺しを食べた。
大輝もそれを見て自分の口にも入れた。
「うめえな。」
「うん!大輝、ありがとう!」
「あ、誕生日おめでとうだった。」
「ん、ありがとう。」
「あと、ハタチおめでとう!」
すでに飲みかけているジョッキを、
カチンと合わせて鳴らした。
「オマエもな。全然大人っぽくねえけどな。」
「大輝もね。」
大輝はいまだに諭吉に牽制されているのが、
自分が大人じゃないからと思っていたので、
自分がふっときながら、少なからず、
すずめの発言に傷ついた。
「変わらないの、嬉しいよ?」
すずめは、ハタチになっても、
変わらず大輝が優しく包むようにいてくれるので、
お世辞じゃなく嬉しかった。
「大人って、20歳になったら
いきなりなるわけじゃねえもんな。」
「どうしたら大人って見てもらえんだろ。」
「?さあ?働いて自立したらかなぁ?」
だとしたら、親にお金を出してもらって
学校行っているうちは、まだまだ子どもだ。
イカを持ってきた店員が、
大輝の追加の酒も持ってきて
下がって行ったのを確認すると、
大輝は
ちゅ、
と、すずめにキスをした。
「やることやってんのに子どもなんだよな。」
「?大輝はもっと大人になりたい?」
「…責任とれるようになりたい。」
「そう?わたしはまだ学生でいたいよ。」
すずめは専門学校を来月卒業する。
就職も決まり、大輝より2年も早く
社会人になってしまうのだ。
「自分が決めたことだけど、
2年って、あっという間過ぎる。」
にっと笑ってすずめが言った。
「じゃあ、あと2年もあっという間かもな。」
「そうそう。学生生活楽しまないと損ー」
ちゅ、
と、すずめがしゃべる途中で
大輝は再びすずめに唇を落とした。
ちゅ、ちゅっ、と少し音をたてて
味わうように何度も重ねる。
「ヒラメ釣れたー!」
子どもの声が聞こえてバッと離れた。
座敷の個室とはいえ、
ここがお店の中ということを
2人とも思い出し、
かぁぁぁ、と顔を赤くした。
「やっぱ、ちょっと酔ってるかも。」
「///うん…」
「場所変える?」
「…うん。」
「酔ってると大人しいな?」
「フフ…大人だから?」
「は?そういう意味じゃねーだろ。
やっぱオマエはいつものがいいわ。」
「大輝はお酒飲むと色っぽいね?」
「イロッ///…?!」
「どっちも好きだけど。」
「あー、もう///」
大輝はぐしゃっと伝票を持つと
すずめの手をひいて店を出ようとした。
「あっ、今日の支払いは
大輝、誕生日だからわたしがっ…」
「今からプレゼントもらうからいいんだよ。」
「え…え?……えーーーっ?///」
「さっきの言葉でも十分だし。」
ボソッと大輝が呟いた。
「え?」
「っ、なんでもねえ!」
そうして2人は誕生日の残りを
大人らしく過ごした。