未来福音 序 / Zero
それほどに、強烈な生の衝動が俺を貫いた。
目の奥から、それまで眼球を覆っていた皮を一気に引剥がされたような感覚。
それが、痛みであることに気づくのさえ、数秒かかった。
右目から鮮血が滴る様子を左目が捉えて、ようやくそれが傷だと気づいた。
右目の奥がありえない熱を持っていることを頭が理解し、続いて激痛が襲った。
「――――――」
言葉にならない叫びが口を突いた。
俺は思わず、手にしていた爆弾のリモコンを押し続けるが、反応しない。
「そんな、はず、は―――!」
おかしい、未来は確定したはずなのに。確かに観測したはずなのに!
リモコンを投げ捨て、右目を抑える。
「なんで、あの未来が変わったんだ?」
「変わったんじゃない。もとから未来ってものは無いんだ、無いものに手は出せない」
ただ視界を奪われたという以上に、何か大きなものを喪った。
「未来ってのはあやふやだから無敵なんだ。けどさ、それにカタチがあったら、壊れちまうのは当然だろう」
その喪失感に戸惑っている間に、アイツが目の前にやってきた。
こんな八月の暑い日に、時代錯誤な着物を身にまとったアイツが。
「なんだ、おまえ」
アイツは俺を見ると、驚きをあらわにした。それもそうだろう。アイツとの電話でのやり取りでは、いつも変声機を用いて会話していた。まさか、爆弾魔が十四歳の少年だとは、さすがのアイツも予想できなかったに違いない。
それが、ほんの少し嬉しかった。いつも飄々として、俺のことなど障害とも思わないアイツの驚いた顔を見れたことが、少しだけ嬉しかった。
だが、それも束の間。アイツは俺にとどめを刺すこともせず、その場を立ち去ろうとした。
「おい、待てよ!」
痛みに少し慣れた俺は、アイツを呼び止めようとした。
「ガキに興味はないよ」
こちらを少し睨みつけて、アイツはそう言った。酷くバカにされた気がした。
「待てよ! 両儀式!」
俺の精一杯の叫びにも一切応じず、アイツはどこかへ行ってしまった。
夏真っ盛りの真っ昼間に、底の厚いブーツの音を響かせて。
作品名:未来福音 序 / Zero 作家名:epitaph