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ながさせつや
ながさせつや
novelistID. 1944
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正しい暴力について

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 うそぶく声を引きずり出して、めちゃくちゃになればいいのに。
「今日はやさしく抱いてくれる?」
 という気分だった。だからそう言った。やさしく抱く、の定義にこちらとあちらの間で齟齬が生じたとしても、まさか無体はされたくなかったのだ。やさしく扱われたい、わけではないが、手酷いセックスをしないでくれ、という弱さを見せたくなかった。
「やさしく……」
「殴らないでくれればいいからさぁ」
「いつも殴ってねェだろが」
「まあ、こういうときは流石に殴られたことないか」
 もういいうるさい、と言わんばかりに唇を奪われる。いつもは自分を嫌いだと、殺すだと、そればかりの唇が、今はいやに饒舌だった。キスは苦い味がする。彼の舌は長くて、喉の奥まで犯されるんじゃないかってほどにかき回される。苦しい。だからやさしくしてよって。
「ん、……、っふ、んんッ」
 やさしく、どうして欲しいのかを自分でつと考える。どうしたら伝わるかと考える。この、まるで人間離れした男と、どうにか同じ目線でコミュニケーションを取ろうと計る。唾液が混じる音が耳に響いて痛い。思考が断続的に途切れていくのが分かる。身体が熱いのだ。
 抱き合っているときはいつだってこの男はやさしい。それはもう知ったことだった。
 殺したいと思っているなら、今、この瞬間に首でも締めればいい。だのに。
「んぁ……あー…」
 少し乱暴にキスが終わり、もつれた舌先がだらしなく追いすがるように声がでた。
「シズちゃんってちゅー好きなの?」
「はぁ?」
「……なんでもない」
 今からいたそうとする男の出す声ではない。などと思っても、それは伝わらないだろう。彼の有り体は全て彼のもので、彼を体現している。声も、それが彩る言葉も、それに伴う行動も。いつだって偽者は自分のほうである。分かっている。この関係に偽の名をつけたのが自分であると気付いている。この関係の、ほんとうを知るのがおそらくは彼だけなのだと、言うことも。
「しずちゃんはいつだって、ただしい」
 だからめちゃくちゃにしてくれればいいのにと思う。そのただしさは暴力だ。彼が振るうのは、いつだって暴力ではなく正義なのだと、俺は知っている。彼だけが俺の愛を、断罪してくれる。それはいつだってただしく、暴力という名の彼の正義。
「君を好きでいること、それだけが俺の信仰だよ」
 もう黙れと言わんばかりに見つめられて、仕方なく微笑んだ。やさしくしてね。もう一度だけ念押しすると、彼の指先がゆっくりと降って来て、この心臓を引き裂くようだった。

2010.4.20