黒猫
静雄は小さな黒い物体に話しかける。臨也はその姿を不審な目で見ていた。静雄は大きい体を小さくして地面に話しかけるようにしている。なにかと思って音をたてずに近寄った。
するとそこにいたのは小さなある生き物だった。
「黒猫、だね」
喧嘩人形の小さなかわいらしいところを見つけて臨也は微笑んだ。静雄は臨也の声に気付いたのかはっ、と振り返り真っ赤になって再び地面を見つめる。
臨也ははぁ、とため息をついて隣に腰を下ろした。
「いいじゃない。シズちゃんが猫をかわいがったって、さ」
「手前に言われても説得力無いぞ」
「あ、そう」
せっかくフォローを入れてあげたのに、と臨也は大げさにリアクションをとった。静雄のあげたパンのかけらに黒猫は必死に食らいついていた。静雄は目を細めてサングラスの奥で笑っている。いつもは見せる事のない穏やかな表情に臨也はひそかに幸せをかみ締める。
「そんな表情もできるんじゃない」
「・・・・・・・殴るぞ」
「ご免こうむるよ」
臨也は眉を眉間に寄せて困ったような顔をした。静雄も本気ではないのですぐに臨也から猫のほうを見直した。猫はパンを食べ終わったのか静雄の膝に手をあて甘えている。静雄も左手でちょっかいをかけながら遊んでやっている。
その穏やかな空気を場違いだと感じたのか臨也は立ち上がった。黒いフードを深く被りポケットに手を突っ込む。まるで暗黒がそこに直立しているようなものだった。軽い足取りで静雄に背を向ける。
「にしても・・・・手前またなんでこんなところに・・・?仕事か?」
静雄は臨也が去る前にふと疑問を口にした。臨也は口角を上に吊り上げ笑う。
「いいや。ちょっと夜の散歩ってとこかな」
「夜の散歩なら新宿の中でしてろよ。池袋には来るな」
「猫の活動場所に制限をひこうたって上手くいかないもんだからね。それに俺もシズちゃんを慕っているお仲間だからね」
くすり、と悪戯をした後の子供のように笑って臨也は手を振りながら姿を消した。静雄と相思相愛であるはずの男はどこか飄々としていてつかめない人間だ。静雄は猫を見るとはぁ、とため息をついた。
「お前さんのお仲間はどうもよく分からないやつだよ」
にゃあ、と分かっているのかわかっていないのか返事を返す猫。その答えに静雄は目を閉じた。儚い街頭の明かりの下。もう臨也の姿は無く猫も満足したのか静雄の元から去っていった。一人残された静雄は煙草に火をつけ白い息をはいた。
「黒猫は昔から不吉だって言うな」
黒猫=折原臨也だとするとその言い伝えはあながち間違いではないかもしれない。しかし不幸=嫌悪にはならないのはなぜだろうか。不幸を運んでくるあの男が池袋にあらわれはしないかと期待してしまうのはなぜだろう。
静雄は一人考える。煙草を吸いながら考える。
―――――――――それはきっと猫が孤独な生き物だから。