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空跳ぶカエル
空跳ぶカエル
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美由紀

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 二人と別れて家に帰る途中、わたしはずっとママとアイツにどう話そうか考えていた。愛美さんが、わたしとパパの家族に入れて、と言ってくれた言葉がずっと耳に残っていた。
 わたしが帰宅すると、アイツはもう酒を飲んでママと楽しそうに産まれてくる赤ちゃんのことを話していた。例によって、わたしがリビングに入った途端、会話が一瞬止まった。いつものことだ。
 わたしはその空気を押しのけるように、小さなガラステーブルを挟んで、ママとアイツに正対してソファに座った。
「あの、話があるんだけど」
 酔っているアイツに話すより明日の朝にでもした方が良いのではないか、とちらっと思ったけど、もう少しでも早く話してしまいたかった。アイツも泥酔してるってわけでもないし、話くらいできるだろうと思った。意外に本音も聞けるかもしれないし。
「わたし、高校からパパと暮らしたいの」
 ママはわかっていた、という顔をしていたが、アイツの顔は険しくなった。わたしを邪魔者扱いしてるのに、出たいと言うと嫌な顔をするのは、あまり考えたくないがやはり養育費の問題とかがあるからだろうか。
 ママとアイツが何も言わないので、わたしは愛美さんのこと、京都で一緒に住むつもりでいること、愛美さんがわたしに、パパとわたしの家族に入れて、と言ってくれたこと、わたしは部活の仲間が好きだから今の中学を卒業したいこと、を時々つっかえながらも二人に話した。特に、愛美さんが言ってくれたことは強調したつもりだ。
 黙ってわたしの話を聞いていたアイツが、皮肉っぽく片方の唇を吊り上げるように笑いながら言った。
「それで美由紀は、せっかく一緒になった二人のおじゃま虫になるつもりなのか」
 悪意に満ちたその言葉を聞いて、さすがにわたしの心は怯んだ。一瞬、ほんとはパパも愛美さんも、わたしを邪魔だと思ってるんじゃないだろうか、と思ってしまった。
 わたしは目をつぶって今日のパパと愛美さんの顔を思い浮かべた。大丈夫、パパも愛美さんもわたしに嘘はついていない。
 同時に、この男がわたしをどう思っているか、それもよくわかった。ママに付いてきた余計なコブ、って思っているんだ、こいつは。
 まだ目を閉じているわたしに追い打ちをかけるように、この男がまた口を開いた。
「そんなにそっちに行ってしまいたいのなら、高校からと言わず今すぐ行ってしまえば良いだろう」
 よくわかった。この家の中では、わたしは戦わなければ自分の居場所を確保することができないということが。
 わたしは目を開き、アイツの酔いで濁った目を真っ直ぐに見て言った。
「わたしがいつこの家を出て行くかは、わたしが決める」
 アイツの目が怒気を孕んだ。
「お前にそんな権限があるわけが」
「いいえ、あります」
 突然予期しない方から声がした。驚いて声がした方を見ると、ママが背筋を伸ばし、拳にした両手を膝の上に置いてあいつを見つめていた。
「美由紀がどうしたいか、私はこの子の気持ちを全面的に支持します」
 ママがこれだけはっきりと、アイツに逆らうのは初めて見た。アイツは気圧されたように目をぱちくりさせて黙ってしまった。
「美由紀、おいで」
 ママは私の手を引くと、すたすたと私の部屋に歩いていった。部屋に入るとママはいきなりわたしを抱きしめた。
「美由紀、ごめんね。愛美さんのように、彼がママと美由紀の家族に入れてくれ、っていう気持ちがあればこんなことにはならなかったんだよね。そんな当たり前のことに今の今まで気づけなかったママを許して」
 わたしはそっとママの背中に腕を回した。久しぶりにママの匂いを嗅いだ気がする。
 何かママに言ってあげなきゃ、と思ったけど、言葉が見つからなかった。まあいいや、と思ってわたしはママの背中を抱いていた。

 翌朝、わたしがリビングに出て行くと、アイツが朝食を終えて立ち上がるところだった。ママがアイツにネクタイを手渡した。
 私はママが出してくれたコーヒーを飲みながら、アイツがネクタイを締め、バッグの中を点検するのを見ていた。
 アイツがリビングのドアを開けて出て行こうとした。
「行ってらっしゃい」
 わたしがかけた声に、アイツは一瞬凍りついて、それからわたしに振り返った。
 わたしはにこりともせず、コーヒーを飲みながらアイツの視線を受け止めた。
 アイツは、「ああ」か「うう」かよくわからない声をあげ、わたしから目を逸らしてリビングを出て行った。やがてアイツが玄関のドアを開けて出ていく音が聞こえた。
「どうしたの?」
 ママが目を丸くしている。わたしがアイツに挨拶したのは、多分これが初めて。
「別に」
 わたしはトーストにバターを塗りながら答えた。
「ただ、昨日ママがわたしの味方になってくれたでしょ。アイツが拗ねてこの家を出てっちゃったりしたら、ママが困るでしょ?」
 ママがわたしの向かいに座った。
「美由紀は優しいのね」
 わたしはびっくりして首を横にブンブンと振った。
「わたし、優しくなんかないよ」
 昨日もそんなこと言われたな。わたしは自分のことしか考えてないのに。
「それとね、わたしは自分でここを出て行くって決めるまで、ここに居座るぞ、ここに自分の居場所をつくるぞ、っていう宣戦布告の意味もあるから」
 ママはわたしを感心したように見つめた。
「そんなことまで考えてるの。まだまだ子供だって思ってたのにね」
 それからわたしの方にサラダの皿を押しやりながら言った。
「それにね、あんなに彼のことが嫌いなのに、彼がいなくなったら私が困るって、私のことも考えてくれたんだよね。やっぱり美由紀は優しいよ」
 そんな風に褒められると、なんだか落ち着かないな。
「学校に遅れちゃう。わたし、もう行くね」
 わたしはそう言って立ち上がった。
「うん、行ってらっしゃい」
「あ、いいよ。座ったままで。そんな大きなお腹で玄関まで来られたら、転ばないか心配しちゃうもん」
 わたしはそう言い捨てて玄関を出た。
 下の道を見ると、亜紀が歩いているのが見えた。
 わたしは大急ぎでエレベーターホールに向かった。
 エレベーターが一階に着くと、わたしは亜紀の背中に向かって走り出した。
 今日も良い天気だ。坂の上に青空が広がっていた。


(完)


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作品名:美由紀 作家名:空跳ぶカエル