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未来福音 序 / Zero―一葉―

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登校してきた優子の机の上に黒いビニール袋が置かれていた。
中を確かめた優子は、目を一度大きく見開くとそのまま袋を閉じて教室を出て行った。俺も後を追いかけた。
 体育館の裏手に並ぶソメイヨシノは朱に染まった葉を落とし始めていた。優子は樹の下にやってくると、しゃがみこんで黒ずんだ落ち葉を払ってのけた。かと思うと、すぐさま穴を掘り始めた。素手で掘るものだから、手が土で黒く染まっていく。
 この時、袋の中身がわかってしまったのは、こうなる可能性をどこかで想像していたからかもしれない。俺と優子の組み合わせは目立ち過ぎたのだろう。
「ねえ、これもわかっていても防げなかったことかな」
 掘った穴を埋め終えて、俺達はクラスに戻ることもせずに、体育館の出入口にある階段に腰掛けていた。最近の優子は余り吃らずに喋るようになっていた。とはいえ、時折言葉に詰まりはするのだが。
「どうだろうな」
 優子はしきりと未来を欲する。そんなもの、はじめからありはしないのに。失ったものを意識させられるのが嫌で、俺は適当に相槌を打った。
「そうやってさ、いつもあなたは自分には未来が無いかのように話すわね」
「どういう意味だよ」
 鈍い灰色をした空から低い音が聞こえたかと思うと、雨が降りだした。
「あなたはいつもそう」
 優子は消え入りそうな声でそう言った。
「だから、なんの話だよ」
「どうしてそうやって空っぽのフリをするの」
 優子は、何故か泣きそうな顔をして俺を見つめていた。
「―――」
「あなたの右目、見えていないんでしょう」
 風も吹かないのに、俺の目の前を一枚の葉がゆっくりと堕ちていった。
「あなたに何があったか知らない。こんな学校に通っているんだから、それなりの事情があったんでしょうね。それで、何もかも諦めてしまっているんでしょ」
「何を知った風な」
 俺は優子の顔を見れなくなった。
「分かる。いいえ、わからないけど、想像はできる。そこはきっと私も通った道だから。ねえ、そんなことしてても意味ないわ」
「やめてくれ」
「その先には、何もない。何も始まらないのよ」
 優子には何一つ俺の身の上話はしていない。なのに、優子は俺の内側を覗きこんでくる。何か、決定的なモノを見られそうな気がして俺は声を荒げた。
「やめろって、言ってるだろ・・・・・・!」
 俺は思わず、右側に座る優子の肩を掴んでいた。怯むだろうと期待した優子の顔はしかし、相変わらず俺の瞳を、右目を真っ直ぐに見つめたままだった。ピンと弦の張った弓矢を眼前に据えられたような鋭さに、死んだはずの右目が疼いた。
「ッ―――」
 その視線から逃れたくて、手を離して優子に背を向けた。冬を運ぶ風が首筋を撫で、毛穴から入り込んだ冷気が脳髄を凍らせる。
 衣擦れの音が、優子が立ち上がったことを知らせた。
「好きにすればいい。でも、そうやっていても誰も助けてはくれないわ。そうね、あなたの目を覚ますことができるとすれば―――」
 優子はそこまで言うと、しっかりとした足取りで俺の横を通り過ぎた。先ほどよりも、少し温かな風が頬を包んだかと思うと、大量の葉が舞い降りた。
「やっぱり私、あなたのこと好きになれない」
 舞い散る葉の隙間から、つまらないものを見るような眠たげな目が、俺を見下ろしていた。
 彼女に初めて出会った時に見た顔だった。
 彼女の去りゆく方向には、雲の隙間から柔らかな陽が漏れ出ていた。
 俺はしばらくその場にとどまっていた。何かに思索を巡らせていたわけでもない。
 悲しみとも怒りともつかない、汚い色をした感情をただ持て余していた。
 ポケットに手を突っ込むと、いつか借りたハンカチが入っていた。
 俺はそれを、黒い土の上に畳んで置いた。

  **   **

 燃えるように煌々と紅く染められた空はビルによって分断され、まるで赤い糸が上空に張り巡らされているようだ。町工場からの帰り道、労働による疲労感が重くのしかかる体を、冷たい風が少し軽くしてくれた。だが、風は体を癒やす一方で、心を冷やした。
 あの日から、俺は学校に行かなくなった。
 原因は明白だ。あの日の優子とのやり取りによって、俺の内側は蹂躙された。
 彼女は言った。
「あなたは自分には未来が無いかのように話すわね」
 希望なんてありはしない。
 俺は未来を奪われたのだから。
 三度死の淵に追い込んでなお、生き延びたあの悪魔に。
 あれから一年以上が経ったわけだが、今でもあの衝撃は鮮明に覚えている。
 だが、一つだけ。どうしても思い出せないことがある。あの時、立体駐車場でアイツに右目を殺された時、アイツは確かに何かを口走った。その言葉は何か核心的なことを言っていた気がするのだが、それがどうしても思い出せない。
 代わりに優子を思い出す。不思議なことに、両儀式のことを考えていると、光沢優子のことを思い出した。
 鄙びたアパートメントに帰ってきた。殺風景な六畳一間に漂うい草の香りが、俺を迎え入れた。帰り道にコンビニで買った弁当を食べながら、俺はあの日のことを再び思い出していた。
「そうね、あなたの目を覚ますことができるとすれば――――」
 あれは一体誰のことを指していたのだろう。
 まさか、両儀式にもう片方の目も殺してもらえとでも言ったんじゃないだろうな。
 自分で考えておきながら、なかなか笑えない冗談だった。
 そう言えば、しばらく蒼崎橙子のところにも顔を出していない。持たされた携帯電話には連絡が来るわけでもない。大方、どうしようもないクズだと呆れられていることだろう。とはいえ、保護観察官である以上、観察対象に異変を感じ取れば何かしらの措置は取るはずだ。こちらに連絡がないとなれば、遠からず少年院送致も免れないと思うのだが・・・・・・。
 その時はその時だろう。
 この無限に広がる日常に溶けていくくらいなら、まだ匣の中にいた方がマシだ。
タバコを吹かしながら窓から眺める街は、ずいぶんとあやふやに視えた。