とても間抜けな響きだった。
とても間抜けな響きだった。しかしそれを発する人物の表情は大真面目なものだったので、門田は少し、困っていた。
「なんだそれは」
「あんたのこと、なんて呼ぶのが良いか考えてる」
「は?」
門田のほうが身長が高い。深く被ったニット帽から覗く瞳を見上げ、千景は笑いかけた。
「ほら、聞こえてただろ。あんたとやり合った学校で」
「ああ、ガバティ部」
タクシーで乗り付けた来良の裏。あの時、これから喧嘩をしようと対峙した二人に似つかわしくないほどに穏やかに響いていたガバティ部の掛け声。
「そのイメージが強いからどたてぃでどうかなって」
「どうかなじゃないだろ」
呆れたように片手で帽子を下げた門田に対し、じゃあねぇと間延びした調子で千景は続けた。
「俺がろっちーだから、どたちーにする?」
「なんでお前に合わせなきゃいけないんだ」
「俺はあんたのこと、誰とも違う特別な呼び方をしたいんだ」
たとえば高校時代につけられたというドタチンという呼称。
その呼び方はやめろと顔をしかめるけれど、本気で嫌がっているわけではないと誰もが知っている。あのワゴンに乗ってつるんでいる彼や彼女のように正面きっては呼ばないものの、池袋の人間ならばそれが誰のことを指すのか、ダラーズの認知度と等しいくらいに浸透してしまっている。
門田はもう一人、ドタチンと最初に呼び始めた男にすら、その呼称を許す。皮肉げに歪められた唇。全てを見透かしたように細める瞳。共通の友人をして反吐が出そうなと形容させるそんな相手にでも、門田はドタチンを呼ばれることを許容している。
だから千景は、許されたくはないと思った。誰かと同じように呼んで、同じように困ったような表情を向けられて許されるのは嫌だと思った。
だってあんたは世界でたった一人なんだ。ありとあらゆる女の子をエスコートし守り慈しみその優しさを得ることを信条としてきた自分が、ありとあらゆる男どもよりも絶対に、無数のカノジョ達を優先してきた自分が好きになってしまった、たった一人の男なんだから。
特別になりたいなんて言わないから、特別な呼び方だけ、させてほしい。
優しくて柔らかくて弱くて儚い女の子達を自分はずっと守ってきたしこれからもきっとそうあることは変わらない。あんたは、男で年上で強くて、ぜんぶぜんぶ逆なのに。
俺は頭がおかしくなってしまった。だから。
これくらいの特別は許してほしい。
胸の内でだけ呟いた千景の気持ちを門田は知らない。
作品名:とても間抜けな響きだった。 作家名:東雲